「専門家の助言+経営判断」であるべき
法的に適切な対応が、そのまま企業として最適な対応になるとは限りません。企業は法令順守だけでなく、取引先や出演者、社員、視聴者、スポンサーなど多様なステークホルダーとの信頼関係を維持しなければならないからです。法的には問題がない施策でも、顧客や社会から「誠実ではない」と受け止められれば企業価値は損なわれます。
だからこそ、経営陣には「法的評価」を踏まえながらも、自社の制作体制や管理責任をどう考えるのか、組織として何を改善するのかという経営判断が求められます。今回の公表では、外部弁護士の調査結果は示されましたが、それを踏まえて経営としてどのような議論を行い、なぜその判断に至ったのかは十分には見えてきません。
この点が、組織の意思決定に対する疑問を招いた一因ではないでしょうか。結果として、調査を担当した外部弁護士の判断や役割にまで疑問を呈する声も聞かれるようになりました。
今回の対応の背景には、中居正広氏を巡る問題への反省も影響しているように思えます。過去の対応では「組織が被害を軽視した」と厳しい批判を受けました。その反省から、人権尊重を徹底しようとする姿勢自体は当然であり、必要なことです。
一方で、その反省が、十分な経営判断を経る前に迅速なメッセージ発信を優先させる方向へ作用した可能性はなかったでしょうか。
リスクを恐れ、判断できなくなった経営陣
しかし、テレビ局の業務では一般的なオフィスワークとは異なるクリエイティビティや発想など、芸術創作に属するものがあります。特にドラマ制作のような創作現場、番組作りにおいては、定型業務やマニュアル化された行動指針だけで割り切れない部分もあることでしょう。だからこそ、法的リスクだけでなく、制作環境全体を俯瞰した経営判断は不可欠です。
カリスマ的リーダーがすべてを決め、下が誰も責任を取らなくて済んだ時代は終わりました。しかし、理不尽な意思決定を排除しようと躍起になった結果、今度は誰も責任を取らず、誰からも反対されない、当たり障りのない、しかし意思決定の責任所在が見えにくい組織へと変貌してしまった恐れはないでしょうか。
この傾向は、テレビ業界だけの問題ではありません。製造業でも金融機関でも行政機関でも、リスク管理やコンプライアンスを重視するあまり、現場は専門部署の判断待ちとなり、経営陣も「専門家がそう言ったから」という説明に依存してしまう例は少なくありません。

