預金の利息が増え始めた。通帳の数字がわずかでも上向くのは悪い気分ではない。だが、その「金利のある世界」がかつて何を奪ったかを身をもって知る世代がいる。不動産向け融資では8%前後の金利も珍しくなかったバブル時代、人々はその負担をものともせず、巨額の借金をして不動産を買った。家賃で返せるし、どうせ値上がりするから損はしない、と信じて。そして彼らは、バブル崩壊ですべてを失った。

もちろん、現在の金利とは水準が大きく異なる。それでも、彼らの転落をなぞる構造は金利が動き出す局面でいつでも顔を出す。ここで紹介する3つの事例を「バブル時代の教訓」として心に留めてほしい。

CASE1 ローンは全部チャラになる――その一言が招いた転落

横浜・伊勢佐木町。1986年頃、当時出版社に勤めていたAさん(現在70歳)は、この土地に16平方メートルの新築ワンルームを買った。物件価格は1200万円。うち200万円を頭金とし、残る1000万円を期間20年・金利約8%の固定で借り入れた。背中を押したのは、銀行員の「諸経費を払ってもツーペイ(チャラ)になりますよ」という一言だったという。

当初は確かに順調だった。新築プレミアムの利いた家賃と、ボーナス払いを併用した返済設計がうまく噛み合っていたのだ。家賃は高いときで月8万円を超え、ローンを返済しても十分おつりがきた。Aさんが自分の判断を疑うことはなかった。

問題は、その黒字が「家賃が下がらず、借り手が途切れない」ことを前提に成り立っていたことだ。

異変は2方向からやってきた。ひとつは建物の管理が立ち行かなくなったことだ。この物件は管理会社の運営がずさんで、修繕積立金などの備えもまともに行われていなかった。バブル期の物件にはよく見られた話である。やがてその運営会社も撤退し、建物を維持する仕組みそのものが失われた。清掃も点検も修繕も滞り、玄関にはホームレスが寝起きする始末。マンションはみるみる荒廃していった。

もうひとつは、バブル崩壊そのものによる家賃相場の下落だ。バブル期に投資用ワンルームが乱造された結果、崩壊後は同種の物件が市場にあふれた。魅力に乏しいAさんの物件は、家賃を月5万円まで下げても埋まらない期間が増えていく。ただでさえ赤字なのに、そこに金利が重くのしかかったことは言うまでもない。

その後もローンの返済を続けながら、いずれ家賃が元に戻ることを祈っていたAさんだが、その願いも虚しく市況に回復の兆しが見えることはなかった。そして2000年頃、ついに売却。1200万円で買った物件を、350万円で投げ売りした格好だ。

CASE2 空前の値上がりは永続する――プロでもはまった妄想

他人の物件は目利きできても、自分の欲は目利きできなかった――そう振り返るのは、銀行で不動産融資の審査を担当した後に独立し、不動産仲介業を営んでいたBさん(78歳)だ。

1980年代前半に自らの事務所を構えたBさんは、バブルとともにわが世の春を謳歌する。土地高騰で、売買仲介の依頼が次から次へと舞い込んだためだ。地価が上がれば同じ3%でも手数料の絶対額は跳ね上がる。数億円の取引を一件まとめれば、それだけで数千万円が動いた。接待で訪れた高級クラブで、一晩に数十万円を平気で払うような時代。50万円のソファセットを、値札も見ずに買い求めることもあったという。

(取材・文=本誌編集部)