なんのために人は働くのか

これは単に家計上の損得勘定ではない。男性にとって大黒柱になるとは、労働市場で勝ち続けることを人生の前提にされるということである。弱音を吐けず、収入を落とせず、家族の将来を背負い、なお家庭でも「よき夫」「よき父」であることを求められる。そこに十分な尊敬と安心が伴わなければ、男性がその役割に戻る動機は生まれない。したがって、今後「共働きモデルの見直し」の議論が起こったとして、女性を説得するよりも、男性を納得させるほうが政治的に難しくなる可能性がある。

女性に対しては「働きすぎなくてもよい」「家庭に時間を戻してもよい」という言葉が、少なくとも一部には救いとして届くだろう。しかし男性に対して「もう一度、大黒柱になってほしい」と言うためには、単なる郷愁や伝統論では足りない。男性の誇り、責任、報酬、社会的承認をどう再設計するのかという、はるかに重い課題が残る。

出生率1.14――それはこの30年弱にわたって、天文学的なコストを投じて行った壮大な社会実験の結果発表である。もう「答え」は出そろったと見ていい。ここから先に向き合わなければならないのは、「なんのために人は働くのか?」という本質的・哲学的な問いであり、同時に「夫婦の分業をなくした社会は持続可能だったのか?」という社会的・政治的な問いでもある。

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