※本稿は、高木徹也『私たちはなぜ死ぬのか 法医学者が語る「永く、よく生きるための技術」』(CEメディアハウス)の一部を再編集したものです。
死亡推定時刻は「分単位」ではわからない
法医学者は死因とともに、亡くなった時間の推定もします。私たち法医学者は「死後経過時間」と言っていますが、ドラマなどでは「死亡推定時刻」と言っているようですね。「被害者が亡くなったのは何日の午前何時何分だ!」と言い当てる場面がありますが、あれはフィクションだからこそ。ご遺体の所見だけで亡くなった日時をピタリと当てるのは、現実ではほぼ不可能です。
ただし、亡くなってから48時間以内にご遺体をみることができれば、2時間ほどの誤差で死後経過時間を出すことができます。これが死後3日以上経ったご遺体になると、誤差の幅が1日ぐらいに延びます。
そのため私たちは「死後16〜24時間です」「亡くなったのは○日ですが、午前か午後かはわかりません」と、時間の幅を持たせて答えます。
死後経過時間と生命保険
以前、私が検案をしたケースで、死後経過時間が問題になったことがありました。保険会社に勤めていた男性が飛び降り自殺で死亡しているのが発見されたケースです。
この男性は生命保険に加入しており、発見されたのは免責期間満了の翌日でした。もし、発見当日に亡くなっていたのなら、ご遺族には保険金が下ります。しかし、どうみても発見の前日に飛び降りた所見が認められました。つまり、免責期間内の自殺です。
こうなると、保険金は下りません。私は直腸内温度や死後硬直の程度などの死体現象から、発見の前日に亡くなっていたという結論を出しました。
ところが、この判断が問題になりました。
「保険を取り扱っている夫が免責期間内に自殺するはずがない。死後経過時間には誤差があるのではないか。死亡診断書の亡くなった日時を変えてほしい」とご遺族からクレームが入ったのです。
しかし、あらゆる所見からみて、発見当日に亡くなったとはとうてい考えられません。私はご遺族のクレームを突っぱね、亡くなった日時を変えませんでした。
その後、警察がくわしく調べたところ、男性と妻は不仲であり、家庭内別居状態にあったことが判明しました。男性は「妻に保険金は渡すまい」と、あえて免責期間内に自殺したのです。

