疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼ぶ

トランプ大統領との首脳会談が終わった翌日は5月16日。中国の近現代史に詳しい読者はピンときただろう。1966年5月16日、毛沢東が文化大革命を発動した「五・一六通告」からちょうど60年、暦が一巡する還暦にあたる。

単なる日付の一致で思いだされるのではない。現在の中国政治を観察していると、60年前の状況が彷彿とよみがえるのだ。

五・一六通告とは、共産党・人民解放軍・政府・文化界に潜む「反革命分子」と闘争せよと呼びかけた共産党中央の文書である。10年に及ぶ文化大革命の出発点ともいえる。

重要な点は、五・一六通告が「疑心暗鬼に陥った指導者が、内側の敵を探しはじめた瞬間」を象徴していることだ。

文化大革命はある日突然、はじまったわけではない。助走期間がある。

大躍進政策の失敗の責任をとり辞任した毛沢東
大躍進政策の失敗の責任をとり辞任した毛沢東(写真=AP通信/PD-old-50-1964/Wikimedia Commons

毛沢東が指揮した大躍進政策(1958〜1961年)が失敗に終わり、彼の権威は大きく傷ついた。責任をとるかたちで国家主席を辞任したあと、彼は周囲への不信感を深めていった。まず、大躍進の問題点を率直に指摘した彭徳懐(ほう・とくかい)を政敵と見なし、失脚させた。次に、歴史家・呉晗(ご・がん)が執筆した京劇『海瑞罷官』に自分への政治的批判が隠されていると読み取った。

彭徳懐と呉晗の間に直接の関係はなかった。しかし毛沢東は両者を結びつけ、自らを取り巻く「敵」の存在を確信していった。疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼んだ果てに文化大革命が幕を開けた。

習近平氏と毛沢東の類似については、前回の記事で詳しく解説した通りだ。

皇帝の孤立のなかで王朝は崩壊へ

2026年5月の習近平を見て、私の脳裏に浮かんだ人物は毛沢東だけではない。

さらに古い時代に生きたひとりの皇帝の姿。権力を握りながらも周囲を信じられず、忠臣を遠ざけ、最後には孤立のなかで王朝の崩壊を迎えた人物だ。

習近平氏を理解するうえで、いまや毛沢東以上に重要な存在かもしれない。