消えた本と消えた銅像

崇禎帝への警戒は、出版の世界にも及んでいる。中国の明史専門家が著した崇禎帝に関する書籍が、新装版として刊行されたのち、回収となった。歴史研究そのものが、政治的リスクになる現実は、かえって「統治の脆さ」を感じさせる。

明朝を倒した李自成は、これまでの官製史観では「正義の農民蜂起軍」を率いた英雄として語られてきた。しかも李自成は、習近平氏と同郷――陝西省の出身である。おそらく習近平氏は、幼少期から郷土の英雄が果たした明朝打倒の故事を聞かされていたに違いない。

ところが数年前、不可思議なことが起きた。北京郊外にあった李自成の銅像が撤去されたのである。李自成もまた、タブーのひとつになったと見られている。かつて「農民革命の英雄」として称賛された李自成の名は、現在の中国では別の意味をもちつつある。王朝を倒したのは外敵ではなく、内側から蜂起した民衆だったからだ。

支配者が抱える「逆説」

1644年に李自成の軍は北京を陥落し、彼は「大順」を国号として皇帝の座に就いた。崇禎帝の明はそれまで満州軍と戦っていたから、李自成は戦争を引き継ぐことになる。

しかし入城後、李自成軍の内部で腐敗が広がった。酒宴が繰り返された。当時、中国北方では女真族(後の満州族)が清を建国し、明朝の残存勢力と組んで南下しつつあった。その脅威に対応しなければならない局面で、李自成軍は決戦を後まわしにした。李自成の部下が、対満州戦線を支えていた将軍の愛妾を奪い、将軍は満州側へ投降。結果として満蒙連合軍に敗れ、李自成政権は短命に終わった。腐敗が政権を滅ぼすという歴史の教訓だけが残った。

この教訓をみごとな文章で表したのが、毛沢東の前期ブレーンだった郭沫若だ。彼は1944年、明朝滅亡300周年にあたる甲申年に『甲申三百年祭』を執筆。主題は「李自成のようになるな。勝利後の腐敗が政権を滅ぼす」という警告である。1949年、毛沢東が北京入城前夜に全党を戒めるために語り、のちに教科書にも掲載された名文だ。

習近平氏が『甲申三百年祭』の警告を知らないはずはない。彼が反腐敗に熱心なのも、政権が内部から崩壊することを恐れてのことだろう。

しかし反腐敗を掲げ、有能な将軍たちを粛清したことで、軍内部では不満が高まっている。皮肉なことに、李自成に倒された崇禎帝の道と重なる。習近平氏が李自成を恐れれば恐れるほど、崇禎帝に近づくように見える。

楊海英『未完の中国文化大革命』(PHP研究所)
楊海英『未完の中国文化大革命』(PHP研究所)

不満分子をあぶり出す現代の「五・一六通告」がいつ出てもおかしくない状況だ。表向きは強権化しながら内部は弱体化する――現在の中国は、文革の論理と王朝末期の論理を同時に体現している。文革は終わっていない。

崇禎帝を追い詰めたのは、北から攻めてきた清軍ではなく、国内で蜂起した李自成の農民反乱軍だった。この一点だけを押さえておけば十分だろう。

中国政府が最も警戒するのは、外側より内側の火種だ。漢民族地域で相次ぐ抗議活動、経済の停滞、軍内部の「やりすぎだ」という声……これらは互いに無関係ではない。どこで結びつき、燃え上がるかはわからない。

歴史を知る者として、現在の北京に既視感を覚える。中国の未来だけでなく、日本の未来とも無関係ではない。

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