「第三次ベビーブーム」が起きなかった理由

この流れでいくと、またその約25年後、つまり1990~2000年の間ぐらいに「第三次ベビーブーム」と呼ばれる現象が起きてもおかしくなさそうですよね?

しかし実際には、「第三次ベビーブーム」が起きることはありませんでした。

なぜ「第三次ベビーブーム」は起きなかったのでしょうか?

それが起きるはずだった1990年代という時代を考えれば、真っ先に思い浮かぶのは「バブルの崩壊」ではないでしょうか。

ここで、「バブル崩壊」について簡単におさらいしておきましょう。

「バブル崩壊」というと、「それまでは上がり続けていた土地の価格や株価が大暴落して、好景気が一転して不景気になったこと」と認識している人が僕の世代には多いように思います。

敷き詰められた100ドル紙幣と右肩下がりの矢印
写真=iStock.com/Nikolay Ponomarenko
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しかし、そもそもなぜ土地や株価が上がり続けていたのでしょうか?

そのきっかけとなった出来事から説明したほうが、より全体像をつかみやすいように思います。

アメリカは当時、深刻なドル高に悩まされていました。あまりにもドルが高すぎると、輸出品が売れなくなるからです。

例えば1ドル=100円が1ドル=200円というドル高になると、円を持っている人からすれば、100円で買えていたものが、200円出さないと買えなくなってしまうからです。

アメリカはこの状況を改善するため1985年、ニューヨークのプラザ・ホテルに先進5カ国の財務相・中央銀行総裁が集まり、ドル高改善を目的とした「プラザ合意」と呼ばれる歴史的な合意がなされました(プラザ・ホテルで行なわれたことからその名前がつきました)。

これをきっかけに、一気に円高が進み、今度は反対に日本の輸出企業が大打撃を受けます。

金利が低く、お金が社会にあふれていた

この不況を打開するため、日本銀行(日銀)は金融緩和策として、金利を大幅に引き下げ、企業がお金を借りやすい状況をつくりました。

金利が下がり、お金を借りやすくなったことで、企業は借りたお金で海外に工場を建て、安い製品をつくるなどして、経営を立て直していきます。

これが功を奏して好景気が訪れましたが、金利は下がったままで、いくらでもお金を借りやすい状態が続きました。

そうやってあふれていくお金を使って、企業は本業に投資するのではなく、土地や株を買いあさって転売し、利益を得るということが相次ぎました。その利益によって、従業員の給料も上がっていきました。

お金が社会にあふれ、買いたいという人が多くいたため、土地の価格も株価もどんどん上がっていきました。

しかし、土地の価格が急激に上がるということは、様々な社会問題を引き起こすことになります。

不動産業者がまとまった土地を手に入れようと、半ば強引な「地上げ」と呼ばれることを行なったり、土地の価格とともに上がっていく固定資産税や相続税を払うことができず、住んでいる場所を出ていかざるを得ない人も相次ぎました。

このような状況を受け、日銀は金融緩和から一転、引き締め政策に出て、1990年には、6パーセントという水準にまで金利を引き上げました。