円はまだ「安全通貨」か

為替市場では、「円は安全通貨なので、世界的有事の際は強くなる」という「神話」がたびたび言われてきました。これは「有事の円買い」「質への逃避」と言われることもあります。

では、この「神話」はデータに裏打ちされたものなのでしょうか? ありうる「根拠」はどういうものなのでしょう?

そしてそれは今でも生きているものなのでしょうか?

ここでは、過去の3つの事例を見てみましょう。

日本と関係のない「外的な」ショックが発生した例として、1990年の湾岸戦争、2008年のリーマンショック、2020年のコロナ禍について、発生後の為替レート(ドル円と実質実効為替レート)の反応を見てみます。比較がしやすいように、ドル円レート(左軸)も円高が上になるように、グラフを作っています。

過去の事例① 湾岸戦争

1990年8月にイラクがクウェートに侵攻し、米国を中心とする多国籍軍がクウェート防衛のための軍事介入を開始しました。

その後、図表5に見られるように、円は実質実効為替レートでも対ドルでも急騰しました。

【図表5】湾岸戦争前後の円の実質実効為替レートとドル円レート
過去の事例② リーマンショック

2008年9月にリーマン・ブラザーズが破綻し、世界の金融市場に衝撃が走ると、円は実質実効為替レートでも対ドルでも急騰しました。(図表6)

【図表6】リーマンショック前後の円の実質実効為替レートとドル円レート
過去の事例③ コロナ禍

2020年2月に新型コロナウイルスの感染拡大が報じられた後、円は実質実効為替レートでも対ドルでも若干上昇しましたが、2021年に入るといずれも大きく下落を続けました。(図表7)

【図表7】コロナ禍前後の円の実質実効為替レートとドル円レート

湾岸戦争やリーマンショック後に円の水準が大きく押し上げられたことと比べると、大きな違いです。

これらの動きをどう解釈すれば良いでしょう? 「円は安全通貨」「有事の円買い」「質への逃避」の根拠は何だったのでしょうか?

円への信認を示す1つのデータ

そもそも、円と同時に、「有事のドル買い」という言説も市場ではたびたび言われてきました。これとの関係はどうなのでしょう?

ドルと円で共通するのは、取引規制がなく、通貨も国債も世界中どこでも取引できる安全性の高い資産であるということです。

この理由から、世界的な危機が発生し、いわゆる「リスクオフ(リスク回避志向)」が強くなった時に、円やドルは買われやすいので強くなる、というのは理論的には理解できます。

円の安全性に関するデータを1つご紹介しましょう。IMFが公表した2025年第2四半期時点でのデータによると、世界各国政府が保有する外貨準備の中での保有通貨別シェアのランキングは、図表8のようになっています。

【図表8】世界各国政府が保有する外貨準備の保有通貨別シェア

円は、米ドル、ユーロに続く3位のシェアを維持し、2年前よりシェアが増えています。一方、世界経済においても貿易面でも大きな地位を得ている中国の人民元は7位で、2年前の5位から順位を下げました。

人民元(及び人民元建て資産)はまだ多くの取引規制があることが低い評価につながったと考えられます。このデータは円の安全性が評価されている証だと考えられます。