資源大国なのにインフラを維持できない

急激なハイパーインフレや通貨の紙屑化については、確かに「制裁の影響」と説明する余地があるが、蛇口をひねっても水が出ない、ダムが枯渇するといった物理的なインフラ崩壊までを経済制裁のせいにするのは無理がある。

テヘランの「水の出ない蛇口」は、現イラン体制が国家を統治する最低限の能力すら欠いていることを、何よりも雄弁に物語っている。多くのイラン国民にとって、日々の渇きは単なる自然災害ではなく、「腐敗しきった国家体制」そのものの象徴なのだ。石油埋蔵量世界第4位を誇る資源大国が、なぜ基本的な生存基盤である水すらまともに確保できないのか。

その謎を解く鍵こそが、アメリカがイラン、より正確には革命防衛隊を敵視する理由につながる要因だ。

国家の表も裏も握った革命防衛隊

イスラム革命防衛隊は、1979年の革命直後、初代最高指導者ホメイニ師によって創設された。表向きの使命は、国軍とは別に「イスラム共和国の革命理念を守ること」にある。

ペルシャ湾ホルムズ海峡周辺で行われた「大預言者9」演習におけるイスラム革命防衛隊海軍所属の特殊部隊
ペルシャ湾ホルムズ海峡周辺で行われた「大預言者9」演習におけるイスラム革命防衛隊海軍所属の特殊部隊(写真=sayyed shahab-o- din vajedi/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

だが、創設時の宗教的情熱は時間を経るごとに利権への執着へと変質した。現在、彼らは軍事組織という枠組みをはるかに超え、巨大なコングロマリット(複合企業体)として、イランの中に「国家内国家」を形成している。

その転機は、1988年のイラン・イラク戦争終結時にあった。戦後、膨大な数の除隊兵士と、戦時下で力をつけた工兵将校たちが行き場を失った。体制にとって、武装した失業者の群れは脅威でしかない。その受け皿として、1990年に最高指導者ハメネイ師が創設させたのが、革命防衛隊直属の建設部門「ハタム・アル・アンビヤ」である。

戦争中に橋を架け、塹壕を掘っていた将校たちは、平和が訪れると同時に、今度はダム、道路、パイプライン、空港、果ては地下鉄の建設へと乗り出した。その後30年余りで、この革命防衛隊系企業群は、イランのGDPの30〜50%以上を支配するまでに膨張したと言われている。

そして、建設、エネルギー、通信、農業、金融、さらには制裁逃れのための密輸ルートに至るまで、あらゆる産業に触手を伸ばす一大コングロマリットに成長した。

象徴的なのは2009年、イラン通信会社の株式51%を78億ドルで取得した件だ。これはテヘラン証券取引所史上最大の取引であり、民間の経済活動を革命防衛隊が完全に飲み込んだ事例である。