感情を揺さぶった数々の“殺し文句”
「そりゃあ緊張しますよ。でも、そんな私を見てかわいそうだと思ってくださったのか、王さんのほうからいろいろと質問をしてくださいました。話を引き出すのが上手でしたね」
やがてビールが潤滑油となり、場の空気が和らぐと、瀬戸山は思い切って言葉をぶつけた。根本から、いくつかの“殺し文句”を託されていた。
「王さん、巨人にいらっしゃったら、長嶋さんがいる限りずっと次男のままです。ホークスの長男になってください」
「中内オーナーは、王さんのために福岡ドームを作ったんです。あそこで思う存分暴れてください」
「Jリーグに押されて、このままじゃ野球の人気低迷が止まりません。プロ野球人気を取り戻すには、20世紀中にON対決を実現するしかないんです」
酔いの力を借りて言い切り、「分かってもらえますね?」と同意を求めた。
すると王は、やはり微笑を浮かべてこう答えた。
「分からなくもないです」
明言を避けるような返答ではあったが、瀬戸山は、その柔和な表情の奥底に潜む確かな熱を感じ取っていた。その熱の矛先には長嶋がいるように瀬戸山には感じられた。
共にV9を達成した盟友とはいえ、年齢は長嶋が上。「記憶の長嶋、記録の王」と称されるように両者のタイプも対照的だった。
「長嶋を抜きたい」気持ちがあったはず
「表には出しませんでしたが、長嶋さんに対するライバル心はあったと思いますね。どこかで“長嶋さんを抜きたい”、そんな気持ちを強くお持ちだったのではないでしょうか」
「次男ではなく長男に」という言葉は、そんな王の隠されたプライドを揺さぶっていたのかもしれない。
だが、のらりくらりと身をかわすような王の反応は、3月も4月も、まるで変わらなかった。
潮目にわずかな変化が訪れたのは5月だ。
会食の最中、王の携帯電話が鳴った。相手は福岡の会社経営者で、その人物とは瀬戸山も交流があった。ほかにも福岡在住の共通の知人がいることが分かった。
「なんだ、福岡にもお友達がたくさんいらっしゃるじゃないですか」
瀬戸山の言葉に、「まあね、福岡を知らないわけではないんだ」と応じる王。それまで「東京しか知らない」と言い張ってきた強固な盾に、微かなほころびが生まれた。
そして迎えた6月、瀬戸山は勝負に出る。いつものように酒で場を温めてから、いつも以上の熱を込めて訴えかけた。
「中内オーナーは、チーム編成から現場の指揮まで、全権を王さんに委ねる覚悟です。王さんのやりたい野球でON対決を実現してください」
その言葉が響いたかどうか、確かな手応えがあったわけではない。だがしばらくして、王がこんなことをぽつりと漏らした。「もし監督を引き受けるなら、東京から一番離れたところがいいかもしれませんね」

