トップ会談に向けて“流通王”に演技指導
過去に築き上げた栄光も、住み慣れた東京も置いていく。そんな強い覚悟が王の中で形を成しつつあったのだろう。
別れ際、王は瀬戸山にこう告げた。
「来月は中内さんにお会いしてもいいですよ」
瀬戸山の心臓が早鐘を打った。
大きな前進には違いなかったが、依然として不安は尽きなかった。トップ会談の席で「やっぱりお断りします」と言われてしまおうものなら、オーナーである中内の顔に泥を塗ることになる。
たまらず後日、瀬戸山は王に電話をかけ、「お引き受けいただけるということでいいんですね」と念を押したが、「お会いしたときにお話しします」という言葉しかもらえなかった。
とにかくやれることは何でもやっておこうと考えた瀬戸山は、中内に、王が入室してからどうしてほしいかを身振りを交えて説明した。ダイエー帝国を一代で築き上げた“流通王”への演技指導まで買って出たほど、瀬戸山の不安は大きかったということだ。
「とにかく先に攻めてください。まずは手を握って、『王さん、全て任せますから頼みましたよ』と言うんです。ちょっとでも話がかみ合わない様子を見せてしまうと、『今回はお断り』となってしまうかもしれません」
さらに、条件面についても打ち合わせた。アピシウスで瀬戸山が年俸について切り出した際、王からは「そういう問題ではない」と一蹴されていた。
「巨人はこんなんじゃなかった」
しかし中内には「もし年俸の話になったら、『長嶋さんはこれくらいもらっているそうですから、それを上回る額でいきましょう』と言ってください」と伝えておいた。
トップの熱烈な誠意と最上級の評価で一気に押し切る――。それが瀬戸山の編み出した策だった。
7月、東京のダイエー本社の一室に、中内、長男の正、根本、瀬戸山が集まり、王を待ち受けた。
やがて姿を現した王に、中内はすかさず歩み寄った。瀬戸山の描いたシナリオ通りだった。手を握ることはできなかったものの、身を乗り出すような近さに迫り、一息に熱い言葉を浴びせかけた。
「王さん、ようこそいらっしゃいました。どうぞ王さんがやりたいようにやってください。野球界を盛り上げるためにON対決をしていただかないといけないんです。強いチームを作ってください」
その熱意に、王は静かに応じた。
「よろしくお願いします」
数カ月にわたった極秘交渉が、ついに結実した瞬間だった。
翌95年に王ホークスは船出したが、長きにわたり低迷を続けてきたチームの体質は一朝一夕に変わるものではなかった。負けが込む中、王は容赦なく選手たちに雷を落とした。
「このチームはなんだ。巨人はこんなんじゃなかった」
全員参加を義務付けた食事やミーティングの場でV9時代の「巨人基準」を突きつけられ、選手たちは萎縮した。中には「セとパは違いますから」と、環境の違いを言い訳にして逃げ道を作ろうとするベテラン選手もいたという。

