活動量が低下し、要介護認定リスクが上がる
一方で、65歳以上で運転をやめた人が6年後に要介護認定となるリスクは、運転を続けた人の約2.2倍にもなるという、筑波大学などの研究チームによる調査結果があります。
それまで日常的に車を運転していた人が運転をしなくなれば、必然的に出かける機会も意欲も減少します。結果的に活動量が低下し、要介護認定リスクが上がると考えられます。
つまり、高齢者が運転を続けて事故を起こす可能性よりも、運転をやめて要介護認定になる可能性のほうが二ケタくらい高いと考えられるのです。ただ、これには「介護予防のために運転を続けて、死亡事故を起こしたらどうする」という声があるのも事実です。
でも、それを言うのであれば、高齢者以上に事故を起こしている24歳までに免許を与えつづけることは、高齢者差別だといえるのではないでしょうか。
また、生活の自立度を高め、それが高齢者の自尊心を支えることにつながるという面からも、私は、高齢者ができるかぎり運転を続けることに意味があると思います。
コロナ禍の時も似たようなもので私が診察している患者さんにも、コロナ禍で完全にとじこもりの生活をしていて、認知症が進んだ人や、歩く機能がすっかり低下した人が出ていました。
その一方で、「コロナにかかったらしようがない。でも、歩けなくなるよりはましだから」と言って、歩きつづけていた患者さんも少なからずいました。その人たちはいまも心身の機能維持ができています。
「○○が怖い」という不安にとらわれすぎて、かえって怖い状況に自分を追い込んでいるとしたら、それこそ怖いという気がします。
不安を取り除くのではなく共存する
一般的にウイルスは、なるべく宿主を殺さないようにしつつ仲間を増やしていく、という生き残り戦略にしたがい、変異を重ねる過程で弱毒化するとともに感染力が強まっていきます。
ウイルスというものはつねに変異するので、強毒化することもあるのですが、弱毒化したウイルスに生存競争では勝てないので、結局は弱毒化したものが流行するのです。
すでに何回も変異を重ねた新型コロナウイルスは現在でもかなりの感染者数がいるのですが、その方向に向かっているとすれば、最終的には毎年数百万人から数千万人が罹患するものの、ほとんどがごく軽症ですむ風邪のようなものに落ち着くはずです。
ただし、感染力は以前のものより強くなっているものが生き残るのも事実です。
それをふまえれば、新型コロナをなくすことは現実的ではなく、あることを前提に、どう共存していくかを考えるしかありません。
同様に、歳をとるということは、「何かとともに生きる」ことだ、と私は思っています。どんなに病気にならないように気をつけていても、人間は病気になります。歳をとればなおのことそうです。
ある程度高齢で、体のなかに悪いところがない人はほぼいません。高血圧や糖尿病、アルツハイマー、がんなど、なにかしらの病気を抱えているのが普通です。それを全部なくそうとする発想ではなく、それがあるという前提で生きる必要があります。

