トヨタ創業期の基礎を築いた三本の矢

「大番頭」としてトヨタ自動車工業の社長を務める石田退三も、若き日に佐吉と遭遇した際の印象を後年語り残している。

当時、別の会社に勤めていた石田の前に現れた佐吉は、挨拶やお辞儀をするわけでもなく無遠慮に突っ立っており、見かねた石田が「お金ですかい」と尋ねると、「そうですな」とだけぶっきらぼうに答えたという。体裁や礼儀など彼にはどうでもよく、ただ目の前の研究開発資金を調達することしか眼中にない男であった。

豊田佐吉
豊田佐吉(写真=『豊田佐吉伝』/国立国会図書館/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons

トヨタ自動車の会長を務めることになる豊田英二氏(佐吉の甥)でさえ、日本経済新聞の連載コラム「私の履歴書」の中で、佐吉は若いころから変人扱いされ、試行錯誤を繰り返しながら織機をつくったと、身内の異端ぶりを隠すことなく述懐している。