当時の武士たちは平静だったはず

「豊臣兄弟!」でも、本堂のなかに女子供の死体が折り重なっていたが、『信長公記』の描写にくらべれば、わずかにすぎない。

一方、史実においては、まず、僧たちはみな首を切り落とされて、信長の前で首検分が行われている。「豊臣兄弟!」では、信長は焼き討ちを光秀と藤吉郎にまかせたが、信長自身が立ち会って、細かに検分したのだ。さらに、女も子供も数えきれないほどの人数が捕らえられ、単に斬ったり刺したりして殺すだけでなく、みな首を打ち落とされている。

ただし死者数については、『信長公記』の数千に対し、『言継卿記』が3000~4000、ルイス・フロイスの報告が約1500人と、それなりに幅があるが、1000単位の人が惨殺され、首を打ち落とされたことはまちがいない。

これを信長の軍勢がどんな気持ちで実行したか、知る由もないが、私たちが想像するよりはずっと平静だったと思われる。「豊臣兄弟!」の藤吉郎のように、延暦寺の本堂に積み重なる女や子供の死体を見て言葉を失っていたら、戦国時代を生き抜くことは不可能だ。しかし、日曜夜8時に放送する歴史ドラマの描写としては、これが限界だということだろう。

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