本体に戻っても組織を変えられるのか
しかし、何千人も働いている巨大な組織が変わる兆しは見られなかった。その頃、時流を捉えた新しい人事制度が導入された。沢田さんはファーストペンギンになろうとして利用申請をしたところ、不可解な理由で却下されてしまった。
「世間的にとりあえず制度を作っておけ、と上から言われたのでしょう。でも、前例がないので実際に使って何かあったときにどうするのか、誰も責任を取りたくないのでとりあえず却下、という流れだったのだと思います」
この組織が変わるためには少なくともあと10年はかかると沢田さんは痛感。ちょうど本体に戻ることを打診されていたタイミングだった。これから中間管理職の一人になったとしても、組織を変えるような仕事はできそうにない。ならば、外に出て経験を積み、そのまま外部から組織改革に協力するか別の立場で戻ってくるほうがいいのでは――。
「かつては退職者は裏切り者扱いされていました。でも、今では出戻りOKの制度があります。実際に利用した人はまだいないようですけど(笑)」
あなたが転職することは想定していなかった
転職サイトに登録すると、様々な会社や転職エージェントからオファーがあった。「いろんな会社を見ること、いろんな人の話を聞くこと」が趣味でもある沢田さんは20人以上のエージェントと会い、誰と何を話したかをスプレッドシートで管理していたと笑う。沢田さんのほうがエージェント業務に向いていそうな行動である。
「エージェントの方の性格も様々なんですね。私の話をしっかり聞いて寄り添ってくれる人もいれば、『この会社に行けるのは今しかない!』と押し付けてきたのに丁重に断ると返事すら来なくなった人もいます。エージェントは企業からの成果報酬がすべてなので、大変な仕事だなと思いました」
自分の置かれた状況を客観視して楽しめるところが沢田さんの強みかもしれない。自信家であり楽天家なのだ。ただし、家族はそうはいかない。結婚11年目の奥さんからは「あなたが転職することは想定していなかった」とはっきり言われ、スタートアップ企業に転じるという選択肢はなくなった。年収が大幅にダウンするからだ。
「前の勤務先は経営状況の厳しさが報道もされています。持続的に給料をもらうことを考えると、一度は転職をしていたほうが安全だと妻に説明し、『それなら応援する』と言ってもらいました。あのまま50代になったら組織にしがみつかざるを得なかったでしょう」
後悔をしないように人生を充実させたい
結果として同じく大手金融機関の新規事業開発部門に転じることになった沢田さん。同業種で同職種の現役バリバリなので、プロ野球選手の移籍のようなものだ。
実は、沢田さんにはもう一つの選択肢があった。雇用が安定している日系の経営コンサルティング会社だ。「いろんな会社のいろんな人に関わりたい」という学生時代からの一貫した欲求を満たせるし、年収もかなりアップする。なぜ選ばなかったのか。沢田さんには「JTCと揶揄される会社で新規事業を成功させ、組織を変え、働くみんなに『俺たちもできるじゃん』と思ってもらいたい」というこだわりがあったからだ。JTCとは「ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー」の略で、そこで働く若手社員たちも自嘲気味に使っている言葉らしい。
「以前の勤務先でも経験しましたが、そのコンサルティング会社は本体からは切り出された出島組織でした。今の勤務先は本体の新規事業部門です。スピード感も勢いもある会社ですが、何をやるにしても会社全体を巻き込むことが必要です。小さな組織に比べると動きづらいことは否めません。でも、何か生まれたときに社内や社会に与える影響は大きいと思っています。強い言葉になってしまいますが、JTCをバカにしている人たちを一度は見返してやりたいんです。僕の信念、ですか? 青臭いことを承知で言えば、死ぬときに後悔をしないように人生を充実させることです」
コーチングやスタートアップ企業支援の副業やプロボノもやっているという沢田さん。フラットな感覚の持ち主で、ほぼ初対面の筆者のインタビューにも関心を持って協力してくれた。第三の道である日系の経営コンサルティング会社が最も適職だと筆者は感じたし、奥さんもそのほうが納得すると思う。
しかし、自分が「やりたいこと」「やれること」と「やるべきこと」が一致するとは限らない。ふんわりしているように見えて負けず嫌いな沢田さん。日本の大手金融機関にはやるべきことがまだ残っていると思っているのだろう。今後もそのロマンを楽天的に追求してほしい。
※本稿は、PRESIDENT Growth『転職ロマン 一歩踏み出した人たち』の一部を再編集したものです。

