クマ避けベルを鳴らした時の意外な反応
1998年4月上旬、島根県匹見町で越冬中の母子グマを観察し続けた。植林木へ巻きついたツルを切りに入った林業者たちが見つけたものだ。沢筋にはすでに草萌が広がっていた。対岸の尾根の上に陣取って越冬場所を見ると、斜面にあるただの窪地で雨に打たれる構造なのに、寝床は鳥の巣状にススキを厚く敷いただけだ。
ここから30キロメートルほど北にあるアメダス測候地点では2月28日以降、積雪深がゼロだ。この冬、西日本では戦後2位の暖冬になっている。クマまでの距離は沢を隔てて50メートルほどだが、手前にある杉の幼木が邪魔をしていて姿が完全に見えるわけではない。クマが何に反応するか確かめるため、いろいろと試してみた。
大出力のラジオには反応がない。南部鉄でできたクマ避け鈴と称して販売している鈴の音にも反応がないのは意外だった。登山者がザック(リュック)につけている梵鐘型のクマ避けベルは高音域が鋭く、クマは頭を上げた。
鉄板を成型したカウベルはがらがらと鳴るが、まったく反応がない。クマ避けに販売されている黄色いプラスチック製と運動会用の金属製のホイッスル音には首を回すが、吹き続けるのは息が切れた。
観察者が明かすクマの素顔
この時期、母グマは子グマを腹の下から出そうとせず、また穴からも出ない。母子グマということを考慮して、爆竹は使用しなかった。各種のクマ避け機材のテストの成果は芳しくなかった。次に、観察者のどのような動きに反応するかを試した。
こちらの様子がよく見えるようにし、まず笛を吹いてクマがこちらを見ている瞬間、私は立って両手を左右に振ったが、クマはすぐに丸くなった。続いて、ジャケットを枯れ木の先に結んで振った。今度は、はっきりとこちらを見た。
クマの興味が、振る旗の面積に比例するのかを確認するため翌日、竹竿と2平方メートルのシートで旗をつくって振った。最初の15秒ほどはこちらを見続けたが、その後に寝てしまった。ほかにはこのクマの気を引く方法を見いだせなかったので、ずっと座って観察を続けるだけだった。
私とクマとの距離50メートルの間に深い沢が横たわっていたので、絶対的な安心感があったようだ。このクマは私が観察しているということで駆除はされず、母子は4月下旬に旅立った。



