幼少期のトラウマとADHDの関連性
近年、子ども時代の逆境体験が、脳の働き方に長期的な影響を及ぼし、ときに器質的・機能的な変化としてとらえられる可能性があるのではないか、という問題意識のもと、心のトラウマと発達障害、特に「心のトラウマとADHD」を結びつける言説や研究、書籍が、少しずつ増えてきています。
こうした視点そのものは、決して突飛なものではありません。実際、過去に心理的に強いストレスを受けた人が、集中力の低下や落ち着きのなさ、感情の不安定さを示すことがあるということは、これまでも知られてきました。ただ、この流れには、どこか既視感があります。
発達障害はかつて、「冷たい母親のせい」「愛情不足の結果」「心の問題」として説明され、本人だけでなく家族が強く責められてきた時代がありました。だからこそ専門家たちは、心のトラウマと発達障害を語るとき、極めて慎重である必要があります。
それは単に科学的なエビデンスの有無を確認するという意味にとどまらず、過去の歴史と同じ説明の仕方を繰り返さないためでもあります。
トラウマとADHDの関係は未だ不明
実際、現時点で確認されているのは、心理的トラウマとADHDのあいだに「何かしらの関連」が見られることがある、という程度です。
虐待やネグレクト、家庭内の不和といった、幼少期に経験する強い心理的ストレスを表す概念として、英語ではACEs(Adverse Childhood Experiences)という言葉が使われています。
近年、ACEsに関する研究が盛んに行われており、こうした逆境体験を多く経験した人ほど、後にADHDと診断される割合が高い、あるいはADHDに似た症状が強く表れる傾向が報告されています。
しかし一方で、ACEsがADHDの原因である、あるいは発症リスクそのものを決定づけるとする科学的なガイドラインは現時点では全く存在していません。
すでにさまざまな研究から、ADHDは遺伝要因が70〜80%にも上るという科学的データが存在し(注)、ADHDが脳神経発達に由来する特性であるという理解は、現在も国際的に研究の前提として保たれています。
現在、研究者たちが模索しているのは、生まれ持った神経の特性に加えて、生後の生活環境や経験が、どのように影響し合い、それが生きづらさとしてどのように現れていくのかという、より複雑な問いです。
かつて発達障害の理解が大きく書き換えられてきたように、このテーマについても、今後の研究によって将来見え方が変わっていく可能性は決してゼロではありません。しかし、新たな知見が十分に積み重なるまでは、この問いには極めて慎重な距離感が求められています。
注:Faraone SV, Larsson H. Genetics of attention deficit hyperactivity disorder. Mol Psychiatry . 2019;24(4):562-575. doi:10.1038/s41380-018-0070-0.


