SNSは分断したのではない。「可視化」しただけ

現代は「分断の時代」と言われる。だが分断を埋める方法を、私たちは誤解している。

共感しよう、理解しよう、対話しよう。もちろんそれは重要だ。しかし、それだけでは不十分である。なぜなら、前提が違いすぎるからだ。

SNSの普及が「分断を深めた」と批判される。だが正確には、SNSが分断を「可視化」したのだ。以前から存在していた価値観の差異が、プラットフォームという構造の中で増幅・固定化された。ならば解決策も、感情的アプローチではなく、構造的アプローチでなければならない。

フィルターバブル問題に対して、欧州が取り組んでいるのは「共感教育」ではなく、「アルゴリズムの透明化義務」というプロトコルの設計だ。これは「理解ではなく設計」アプローチの典型例である。

必要なのは、もう一段現実的なアプローチだ。理解できなくても動ける仕組みを作ること。

それは冷たい考え方に見えるかもしれない。だが、むしろ逆だ。現実を直視し、理想を実装するための唯一の方法である。感情論で処方箋を誤れば、善意が最悪の結果を生む。設計論で現実を直視すれば、理解を超えた協働が実現できる。

日本企業の以心伝心を支えた「三条件」はもう消えている

この文脈で、日本企業に問いたいことがある。

日本の組織文化は伝統的に「以心伝心」を重視してきた。言わなくてもわかる、空気を読む、暗黙知を共有する――これは単なる精神論ではない。一定の条件が揃ったとき、極めて合理的に機能するシステムだった。

なぜ「以心伝心」は成立していたのか。

三つの構造的条件が揃っていたからだ。第一に「同質性」――新卒一括採用で育った同じ価値観・同じ教育背景を持つ人材が組織を満たしていた。第二に「長期雇用」――数十年をともにする関係の中で、言語化しなくとも伝わる暗黙知が蓄積された。第三に「閉じた市場」――競合も取引先も顧客も同じ文化圏にいたため、「前提の共有」がそもそも崩れなかった。この三条件が揃った環境では、以心伝心は確かに機能する。むしろ明示的なプロトコルより効率的でさえあった。

では、なぜ今それが崩れたのか。

三条件がすべて同時に失われたからだ。グローバル化で「同質性」が失われ、ジョブ型雇用・中途採用の拡大で「長期雇用」が崩れ、デジタル化とプラットフォーム経済の台頭で市場が「開いた」。さらにAIという、そもそも暗黙知を持たない存在が意思決定の中枢に入り込んできた。以心伝心の三つの土台が全部抜けたとき、それを支えてきたシステムは一気に機能不全に陥る。

問題の深刻さはここにある。多くの日本企業は、三条件が消えた後も、「以心伝心でいける」という前提を捨てられていない。結果として、グローバルチームでは指示が伝わらず、AIツールの導入でKPIの定義が曖昧なまま、社内でも「なんとなく合意」が蔓延する。

オフィスで働く人たち
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