異星人とは「完全に理解不能な他者」である

ここで重要な問いを立てよう。「異星人」とは何か。

それは一言で言えば、「完全に理解不能な他者」である。言語が違う。価値観が違う。生き方も違う。前提となる世界の見方そのものが異なる存在。

そう考えたとき、それは決して宇宙の話ではない。

現実の世界を見ればいい。

ウクライナ情勢。イラン情勢。台湾情勢。国家同士の対立は、単なる利害の衝突ではない。歴史、宗教、価値観、政治体制――あらゆる前提が異なる中で、互いを完全に理解することは不可能に近い。ロシアとウクライナは同じスラブ系の民族的・言語的ルーツを持ちながら、この戦争を戦っている。イランと米国は、1979年のイスラム革命以来、45年以上にわたって「互いを理解できない他者」として対峙し続けている。

企業の現場でも同じだ。国籍が違い、文化が違い、言語が違う。グローバルチームのマネジメントで「なぜこの指示が伝わらないのか」と悩んだことのあるビジネスパーソンは多いはずだ。相手の常識が自分の非常識であり、自分の前提が相手の盲点である。

そしてもう一つ、決定的に重要な「異星人」がいる。AIである。

私たちはすでに「異星人だらけの世界」に生きている。

「分かり合おう」がなぜ危険なのか

ここで問われるのは、「理解できるかどうか」ではない。むしろ逆だ。理解できないことを前提に、どう協働するか、である。

多くの人は、理解を出発点に置く。「まず分かり合うことが重要だ」と考える。外交の場でも、企業の国際交渉でも、「まず相互理解を深めよう」というアプローチが採られる。

握手をするビジネスマン
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しかし現実は厳しい。

完全な相互理解が達成される前に、プロジェクトは終わり、戦争は始まり、組織は瓦解する。むしろ「理解すれば協働できる」という前提が、かえって危険な幻想を生む場合がある。理解できたと思い込むことで、判断が歪むのだ。

本作の二者の関係を振り返ってみよう。

彼らは最初から互いを「理解しよう」とはしていない。相手の内部構造も、感情の仕組みも、価値観の根拠も、主人公には最後まで完全にはわからない。しかし彼らは協働する。なぜか。

共通の目的があったからだ。そしてその目的を達成するための「設計」があったからだ。

では何が必要か。答えはシンプルだ。協働は“設計”で成立する。

この命題を、三つの構成要素に分解してみよう。