信長も大いに尊敬し理想としていた

清盛の優しさは、敵対する相手に対しても失われませんでした。若い頃、瀬戸内海の海賊退治を命じられた際、公家たちは海賊の皆殺しを命じました。

けれども清盛は、従順な姿勢で降参した海賊を許し、あろうことか彼らに商船の警護役を与えたのでした。

もし海賊を片っ端から処刑していれば、恨みによる報復で、海の安全は脅かされつづけたでしょう。清盛が話のわかる一流の人物だと知れ渡ったことで、海賊は減り、日宋にっそう貿易を支える安全な航路が確保されるようになったのです。