「殴り合いの荒野」になるプロセス
正しいことを追求した結果、コミュニティが殴り合いの荒野になる現象は、概ねこのようなプロセスをたどります。
・コミュニティ間の価値観の齟齬
・コミュニティの外部にいる者がコミュニティの文脈や規範を無視して干渉
・そのコミュニティが基盤を置くプラットフォームが想定する事象と、起きている現象の差が激しく調停機能が働かない
この3点セットは、園児の喧嘩にも、国家間の諍いにも、SNSのフィルターバブル同士の揉め事にも、同じように当てはまります。多様性の尊重は各意見間の距離を増加させているので、中間点の落としどころを見つけることも困難です。
人は本音の部分では「対話」を欲していない
Xは多様な意見を載せる器になっています。SNSと違って、自分と異なる意見もよく見えるサービスです。しかし、「多様な意見を見せること」は、多様な意見を怒りの燃料にして、同一勢力内でのサイバーカスケード(*インターネット上で一意見が急速に広がり社会のうねりとなること)を助長し、それら勢力を激突させる働きをしています。Xというプラットフォームでなくても、人はそのように振る舞うでしょう。人は本音の部分では対話を欲していないのだと思います。
では、どう情報流通のデザインを変えると多くの人々が幸せになれるのでしょうか? AOS(拡散系サービス)の増幅機能に基づいた、より的を絞ったルールを適用するという道筋を提案します。対処法の一つは、拡散系サービスの「仲間でない人とも容易につながる機能」を止めてしまうことです。
拡散力を弱めると、ネット上で形作られる友人関係は同属性の人に限定され、メンバーの入れ替わりの少ない、息苦しいコミュニティへと回帰していきます。ただし、炎上は起こりにくいです。技術的には難しくありませんが、(*大規模プラットフォーマーの抵抗で)現実的な難易度は極めて高いものになります。

