「機能不全家庭」で培われた呪縛
生活保護を申請するにあたり、担当のケースワーカーなどに自分の半生を話す機会があった。
「話しているうちに、やっぱり風俗は心身によくないということが理解できましたし、親との関係も、『それは虐待ですよ』と言われて、初めは『そんなわけない』と否定したんですが、今は、『両親が介護状態になろうと、私はもう実家には帰らない』と思います。でも、本当に不思議なんですけど、上京してから年に1〜2回、正月や私の誕生日になると必ず父から連絡がくるんですよね。私が子どもの頃の誕生日は無関心だったくせに……」
榎さんがTwitterで女性支援団体の人と繋がった頃、まだ風俗勤務で不規則な生活だったこともあり、朝なかなか起きられなかった。だから延々と起きなくていい理由を探し、起きたら起きたで化粧するのも億劫だったという。
「今思うと完全にうつ状態だったと思うんですが、全く眠れなくなって、福祉課に紹介された心療内科で家族の話をした時には、『30歳過ぎて親の影響下にある人なんかいないんですよ』って言われて、適応障害と診断されました。すぐに別の医師にかかればよかったんですが、『睡眠導入剤をもらえればいいや』と思って、今もそこに通院しています」
これまで筆者は毒親問題やトラウマについての書籍や記事を書くにあたり、親に囚われている人に何人も会ってきた。親の呪縛は、本人がそれに気づき、過去から現在までの自分を自分で認められない限り続く。年齢は関係ない。
「最初に私のトラウマについて指摘してくれたのは、婦人相談支援センターの担当者さんでした。本当は発達検査やIQテストも受けてみたかったんですが、生活保護の申請や自己破産の手続きに紛れて忘れてしまっていました」
榎さんは3年前に就労移行支援を受け、最初に始めたパートは合わず、3カ月ちょっとで辞めてしまった。だが、その次の総菜店のパートは環境がよく、現在も続いている。
「月15〜16万円稼げるようになって、昨年の12月に生活保護を抜ける話が出たんですが、最近アルバイトの人が増えて、1人あたりの時間が削られることになったので、抜けられなくなってしまいました。生活保護を抜けるって、すごく大変なんだなと思います。精神の不調は、生活に不安がある状態では回復しませんし、回復を優先して生活保護一本にしぼると、お金は貯まりません。正社員で採用されるとか、パートの掛け持ちをするとかで、一気に手取りを増やして、パッとやめない限り、抜けるのは難しいと思います」
取材6人中5人が精神状態の不調
今回の榎さんを含め、筆者はこれまで6人に生活保護経験者に取材してきたが、そのうち5人は精神状態の不調に陥っていた。
確かに、榎さんが不眠やうつ状態になってしまったのは、借金生活の不安に苛まれ続けてきたことが大きい。さらに、おそらく発達障害である榎さんは、自分の特性を知らずに社会に出たことで、そのハンデを埋めるために神経をすり減らした結果、2次障害としてうつを発症してしまったということも考えられる。
消費者金融を利用することや風俗で働くことのハードルの低さを改善しない限り、榎さんのような女性を今後も生み出してしまう可能性は高い。義務教育の中で、そうした金融サービスや仕事がどういうものか、最低限のことは教えるべきだ。
性教育を「寝た子を起こすな」と敬遠する大人が多く、いまだに男女別で性教育を行う学校が少なくないという。大人として成長するプロセスの中で自然に正しい知識を学べる人ばかりではない。教えられないまま成長し、社会で失敗する人が出てしまう。
母親から「弟の学費を貸してくれん?」と言われた時、榎さんは、「力になりたい」と思ったのだろう。母親にとっては唯一の愚痴の吐き出し相手。10歳下の妹から「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と慕われてきた榎さんは、無意識に「頼りになる娘」や「頼りになる姉」を演じていたのだ。
榎さんは婦人相談の担当者やケースワーカーに自分の過去を話すうちに、その呪縛に気づいた。
「生活保護(という制度)があってよかったと思います。なかったら、まだ風俗にいたでしょうね。特に若い人は、ちょっと体調を崩した時とかでも使ったらいいと思いますね」
生活保護受給中の人が新たに仕事を始めた際、6カ月間だけ適用される「新規就労控除」(収入から月額1万〜1.2万円を控除)や、未成年控除などの特別控除という制度もあるため、若い人や、心身の調子が安定した人なら、短期間で抜けることも可能そうだ。
これまで6人の生活保護経験者の事例を紹介してきたが、どの人も生活保護の存在に救われ、一度は詰みかけた人生の「再スタート」が切れた。
「生活保護」は、利用したことがない人にとっては、自分とは無関係の遠い世界のもののように感じられる。筆者も、一度利用したら二度と戻れないのではないかという恐怖を感じていた。しかし実際に利用し、卒業した人は存在する。自分とは無関係の遠い世界のもののように感じるのは、その実態を捉え切れていないからに他ならない。
賃金はそれほど上がらず、物価が異常に高騰する昨今、生活が困窮する人の増加が予想される。生活保護とはどんなものなのか。どんな人が利用し、どんな生活をして、どんな人が卒業し、再び社会に戻っていくのか。引き続き、生活保護の実態を明確にすることで、不要な批判や恐怖を減らし、救われる人や機会を増やしていきたい。


