社会の“檻”に囚われて

24歳の時にデリヘルで働き始めた榎さんは借金が減ったが、それは“一時的”だった。

「風俗って、新人の時は店側がどんどん客をつけるんですよ。それで1日3万とか5万とか稼がせるんですけど、1〜2週間くらいで新人ボーナス期間みたいなのは終わる。私の場合、容姿が優れているわけでもない、すごいスキルがあるわけでもない、営業力が抜群にあるわけでもないから、仕事がぱったりなくなるんです」

仕事が減っていくと、不安に襲われた榎さんは、他のアルバイトも始める。飲食店のバイトを始めたり、派遣に登録したりして風俗に見切りをつけようとした。だが……。

「店で待機する時間が長ければ客がつくわけじゃないんですけど、本当に恐ろしいことに、別のアルバイトを入れてしまうと、『(そこで働いている時間に、高収入のデリヘルの)客がついたかもしれない』『客を逃したかもしれない』って思ってしまうんです。すごくよくできた“檻”だなと思いました。

結局、借金はあまり減らなくて、アミューズメント施設と飲食店を掛け持ちしてた頃のほうが全然安定した給料があったと思うんですが、引き返せないんです。給料ってひと月経たないともらえないじゃないですか。このひと月が、私はもたないんですよね。例えば、20万でも15万でもいいから蓄えがあったら、たぶん頑張れたと思うんですけど、借金を返さないといけないと思うと、辞められなかったですね」

この間、榎さんは2年に一度くらい実家に帰っていたが、親にも友達にも「普通に働いてる」と嘘をつき、誰にも相談していなかった。

新宿歌舞伎町
写真=iStock.com/CHUNYIP WONG
※写真はイメージです

風俗から抜け出せなくなって12年もの歳月が流れた。36歳になった2019年、デリヘルへの出勤途中に父親から電話がかかってきた。

「実は私、子どもの頃からお金の管理ができていなくて、上京した直後、ちょくちょく家賃の滞納をしてしまっては、保証人の親に連絡がいっていたんです。そのときも同じ用件でした」

通話ボタンを押した側から怒鳴りつけられ、

「本当に申し訳ありません。なんか体調が悪くて、うつっぽくて、ちゃんと働けないんです」

と謝り続ける榎さんに、父親は言った。

「そんなことはどうでもいい。なんでもいいから親や他人に迷惑をかけるな!」

電話が切られると、榎さんは仕事に急いだ。

Twitterから差し伸べられた手

それからさらに3年が経過した2021年。風俗嬢歴15年に達した年にターニングポイントが訪れる。ときどき思ったことをつぶやいていたTwitter(現在のX)で、見知らぬ女性支援団体の人からダイレクトメッセージが届く。

「今考えると、なんでそんなにバレないように必死だったのかよくわからないですが、Twitterでは風俗で働いていることも、借金があることも、絶対にバレないようにしてたんです。でも、察知されたみたいで……。何度かやりとりしているうちに、その団体がやっているボランティア的なのをちょっと手伝いにいってみようと思って参加するようになり、そのうちに『困っているんじゃないですか?』って言われました」

それまでの経緯を打ち明けると、

「あなたの状況だったら、生活保護を受けたほうが絶対にいいと思います」

と助言され、「親に知られたくない」という榎さんの要望に沿って、扶養照会をしない手続きの仕方を教えてくれた。

ところが、当時住んでいたマンションは家賃が9万円。一時期、風俗から抜け出そうと思って派遣に登録し、派遣先が決まって働き出したときに、

「ここに住んだら仕事を頑張れる!」

と予算オーバーを承知で契約してしまったものの、仕事や職場環境が合わず、風俗に出戻ってしまった上、生活苦に喘いでいた。

どちらにせよ、9万円のマンションでは生活保護の申請が通らない。榎さんは女性支援団体のアドバイスにより、女性シェルターに入ることになった。

「借金もあるんだから、もっと安い部屋にすればよかったのに、『こっから頑張って借金を返すぞ! 人生をやり直すぞ!』って背伸びをしすぎてしまったんですね。シェルターに移るために大きい家具や家電は全部処分したんですけど、それらが撤去されていくところを見つめていたら、なんか肩の荷が下りたような、しょんぼりするような、複雑な感じがしました」

シェルターには一泊し、翌日から2週間ほど女性専用の保護施設に滞在。その間に自己破産と生活保護の申請を行った。

「DVや虐待などから女性を保護する施設なので、スマホもパソコンも、居場所を知られる可能性があるものは全部預けましたし、場所も口外してはいけないんです。そこにいる間は、外出できるのは1日1時間と決まっていました」

その後は、男女共用の宿所提供施設に移った。

「私がいたところは、単身者向けのワンルームですが、家族と入る2DKの部屋もありました。3月に破産手続きを終え、生活保護申請が通って、6月には自分で探したアパートに移って、夏には自己破産が完了しました」