地方から上京する人々を待ち受けるのは吉か凶か。西日本の海沿いの田舎町で生まれ育った女性が高卒後に正社員として働き始めた都内の会社は「ブラック」だった。その後も災厄が降り注ぎ、生活苦に陥ったのに、誰も手を差し延べてくれなかった女性の半生をノンフィクションライターの旦木瑞穂さんが取材した――。(前編/全2回)

厚生労働省によると、2025年3月時点の生活保護の申請件数は、2万2484件(前年同月比867件増加、4.0%増)。生活保護を開始した世帯数は、2万395世帯(同1062世帯増加、5.5%増)。賃金は上がらず、物価が異常に高騰する中、さらに生活保護が必要な人々が増えるのは必至な状況だ。

介護や毒親の取材現場で筆者が以前から気になっていたのは、経済的な困窮者が生活保護を忌避するケースが多いことだった。その背景には、不正受給問題はさることながら、生活保護の仕組みの複雑さや“得体の知れなさ”が影響しているのではないか。そんな問題意識を胸に、かつての生活保護受給者の話を通じて制度の実態を明らかにし、正しく救われる人や機会を増やしていきたい。

20歳で消費者金融

関東在住の榎和泉さん(仮名・40代)は20歳の頃、急な引っ越し費用が必要となり、消費者金融のカードローンに手を出してしまった。

最初に借りた額は30万円。借りたお金を使って無事引っ越しすることはできたが、当然借金は返さなければならない。アミューズメント施設のアルバイトなどを掛け持ちして、毎月1万円ずつ返済する中、実家を出てから初めて母親から電話がかかってきた。

「弟の学費を貸してもらえん?」

榎さんの2歳下の弟が専門学校に進学するので、お金を貸してくれという。

「今振り返ると、本当に信じられません。『お金ない』って断ればよかったんですけど、『ええよ』って。なぜそんなに親にいい格好をしようとしたのか、今でもわかりません」

榎さんは、別の消費者金融から40万円借り、母親に貸した。以降、2社の消費者金融に毎月1万円ずつ返済するが、利息分を返済するだけで、一向に元本は減らなかった。

しかも、まだ20歳。欲しいものも、したいこともある。榎さんは、また新たに別の消費者金融から借りては返すを繰り返す「自転車操業」に陥っていった――。

「延滞金」のところを赤ペンでぐるぐる囲っている
写真=iStock.com/Yusuke Ide
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不機嫌な「よろずや」

西日本の海沿いの田舎町で生まれ育った榎さんの実家は、今で言うコンビニのような「よろずや」を祖父母の代から経営。榎さんは、1歳上に兄、2歳下に弟、10歳下に妹の4人きょうだいで育った。

実家は1階が店で、2階が住居になっていた。店は繁盛しており、小学生になると店を手伝い始めた。

「父は商売していたわりに内向的な人でした。私は父が怖くて嫌でした。お客さんがたくさんきて、忙しくなってくると、だんだん機嫌が悪くなって、『そんなに次々客が来ても、できるもんとできんもんがあるわな〜!』とか客に聞こえるような大きな声で言うんです。『お客さん、来なくなっちゃうよ。そういうこと、思い至らないのかな?』って、すごく不思議だったんですが、暇なら暇で不機嫌になるんです。しかもそれを隠さないんですよ。子どもの頃から、『そんなに不機嫌になるほど嫌ならやめればいいのに』と思っていました」

忙しくても暇でも店主が不機嫌な店で楽しく買い物などできない。それでも繁盛していたというから不思議だ。

家族での食事の時も、父親は何かにつけて不機嫌になり、気に入らないことがあるとダメ出しをした。

「座り方が悪いとか、ゆっくり食べろとか、何をしても文句を言われました。私たち子どもはみんなすごく緊張して食べてましたね。私はそんなピリピリした雰囲気が嫌で、いつもおどけたり茶化したりする役を買って出るようになりました。『笑わせとけば不機嫌にはならんやろ』みたいな感じで、必死でした」

榎さんにとって、実家はまさに、「機能不全家庭」だった。最も安全でくつろげる場所であるはずの家庭が、その役割を果たせない家庭。機能不全の主因である親に見られるパターンとして、

・拒絶
・矛盾(二重拘束・ダブルバインド)
・共感性の低さ、あるいは無共感
・親子間の境界線の欠如(侵害しやすい)
・親子逆転
・社会からの孤立

の5項目がしばしば挙げられるが、榎さんの父親は

「いつ不機嫌のスイッチが入るかわからないんです。『勉強しろ』と言われるから、普通に静かに勉強していたら、『何してるんだ』と怒る。『何をしてるかわからないから怒るんだ。わかるようにしろ!』と言われて、『どうすればいいんだ?』と思いました」

ということから、上記の「矛盾(二重拘束・ダブルバインド)」そのものだ。さらに、そんな父親に対する愚痴を、母親は榎さんに吐き出した。

「母は父からかばってくれましたが、それ以上に愚痴も聞かされました。父の愚痴もそうですが、母は父方の祖母にいじめられていて、祖母の愚痴も聞かされました。子どもの頃はまだ妹が小さくて、店が忙しい中で母と2人きりでいられる唯一の時間が、母の愚痴を聞いている間だったんです。でも、母が私を叱る時に、『あんた、大雑把なところがお祖母ちゃんにそっくり!』って言うんです。ひどいですよね……」

榎さんの母親には、「親子間の境界線の欠如(侵害しやすい)」「親子関係の逆転」が当てはまるかもしれない。