「最もチケットの取れないピアニスト」として圧倒的人気を誇るのが、反田恭平さんだ。世界最高峰のショパンコンクールで日本人として51年ぶりの快挙を成し遂げられたのは、「音楽の才能」だけではなく「戦略」のおかげだという。音楽評論家・本間ひろむさんの『Jピアニスト』(星海社新書)より、一部を紹介する――。(第1回)
ピアノを弾いている手
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コンクールのためロシアからポーランドへ

2014年にはモスクワ音楽院でミハイル・ヴォスクレセンスキーに師事していた反田恭平は、ショパンコンクールに入賞するために留学先をワルシャワに変えたのだ。2017年からショパン音楽大学でピオトル・パレチニに師事していた彼は、2021年にショパンコンクールで2位になった。

彼は現在、「最もチケットの取れないピアニスト」と呼ばれている。反田がパレチニに師事した理由は何なのか――。

少し遠回りになるが、とある在京ラジオ局のアナウンサーの話にお付き合いいただきたい。

神奈川県内の公立中学校にいる時、受験を控えた段階で彼は体育で2をつけられた。5段階評価の2である。県立横須賀高校を目指していた彼は、担任教師から「この内申点だと横須賀高校は無理だな」と告げられる(どうしても横須賀高校に行かせたい生徒が他にいたという大人の事情だ、たぶん)。

彼は別の県立高校に進み、横浜国大の指定校推薦を受けて同大学に進んだ。アナウンサー試験を受ける際も、在京、在阪、地方局まで受けたがすべて不合格。

やけくそで受けた有楽町のラジオ局の最終面接で阪神タイガースの応援歌『六甲おろし』を歌った。そして、その局に入り、今では看板アナウンサーである。

不透明な選考基準を逆手に取る

人が人を評価する、というシステムである限り、こうした理不尽(あるいは瓢箪から駒的な人事)はついて回る。記録が出るスポーツなら可視化しやすい。けれど、フィギュアスケートの芸術点なんてつまるところ主観である。

ましてやピアノのコンクールともなれば……。今更ながらにユリアンナ・アヴデーエワ(ショパンコンクールのDVD審査落選→復活→優勝)の例を挙げるまでもなく、大人の事情(おもにインセンティヴのやり取り)は存在する。それは就活界隈でも、婚活界隈でも、だ。

それならば、大人の事情を逆手に取ってやれ、というピアニストがいたら、彼(または彼女)は音楽的スキルのほかに必要な、メタ認知能力が高いといえる。

そう、メタ認知能力。

「自分が思考していることを、もう一人の自分がより高次から客観的に捉えて把握し、活動に反映させること」(2024.6.8「朝日新聞社教員向けサイト『先生コネクト』」)

自分のピアノのスキルは客観的にどのくらいか、このコンクールに入賞するには何をすればいいのか、ライバルたちの強みと弱みは何なのかをリサーチし、では何をすればいいのか考え、プランを実行に移すことだ。