右手に東大の赤本、左手にショパンの楽譜

たとえば私は、拙著『日本のピアニスト』のまえがきで書いた「右手にFenderのピック、左手にPARKERの万年筆を持って生まれて来た」というナラティヴを各メディアのプロフィールで使っている。私は批評家/アーティストなんですよというより、イメージしやすいからだ。

ついでにいうと「かてぃん(角野隼斗)は右手に東大の赤本、左手にショパンのスコアを持って生まれて来たのだろう。多分」とも書いた。さしずめ、沢田蒼梧は「右手に聴診器、左手にショパンのスコア」を持って生まれて来たのだろう。ね、沢田先生。

楽譜
写真=iStock.com/bphotographer
※写真はイメージです

ヴァイオリニストの千住真理子なら、「右手に弓、左手にはデジカメ」ということになる。デジカメというのはワーキングメモリのことで、見たものをそのまま記憶できる能力である。そう、彼女はヴァイオリニストとしての才能と極めてメカニカルな右脳を持って生まれて来たのだ。

極めてメカニカルな右脳、見たものをそのままフォトコピーができる記憶媒体。total recall、あるいはphotographic memoryともいう。

たとえば彼女は、《無伴奏ヴァイオリン・ソナタ》を演奏する際、薄暗い観客席に記憶しているスコアを映し出すようにしてそのスコアを見ながらヴァイオリンを弾く。

岩城宏之(ベートーヴェン交響曲マラソンでおなじみの指揮者)も同様のスキルを持っていたのだがこれが裏目に出た。オーストラリアのパースでストラヴィンスキー《春の祭典》の演奏中、振り間違えの事件を起こしてしまったのだ。

演奏を止める。岩城は観客に謝って、演奏を再開した。

「一流の異能」は不器用でもある

「大事故の原因は、頭の中にフォトコピーした架空のスコアをめくっていたとき、いつものくせで、うっかり2ページ一緒にめくってしまったからだった」(岩城宏之『指揮のおけいこ』)

このフォトコピーの方法を、岩城はアルトゥール・ルービンシュタインに教わったという。ちなみに、これは受験勉強にも使える。東大など超難関大学に入る人の多くはこのスキルを持っている。

本間ひろむ『Jピアニスト』(星海社新書)
本間ひろむ『Jピアニスト』(星海社新書)

脳科学者の中野信子は小学生の時、テストで満点を取り、その理由を友達に訊かれた時、「だって全部、授業でやったことでしょ」といってクラス中を凍らせてしまったという。

彼女はこのtotal recallの持ち主で授業の内容をきっちり覚えていただけなのに。そして、無邪気にもみんな普通にこの能力を持っていると思い込んでいただけなのに。ただし、このtotal recallを持っていることが自覚できていたら、これは「悪魔の血の一滴」に匹敵する。

だって瞬時に暗譜ができちゃうのだから、残りの時間でピアノを弾きまくれる。一方、こうした特殊能力を持つと、別の何かがお留守になる、ということも多い。音楽的な才能に恵まれてはいるが、忘れ物が多い、部屋が片づけられない、自転車に乗れない(藤田真央のことです)など。

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