「裏切りの理由」は明確にわからない
稲葉伊予父子3人、斎藤内蔵之佐、江州守山の町に置かれ候ところ、既に一揆蜂起せしめ、へそ村に煙あがり、守山の町南の口より焼き入りしこと、稲葉諸口支え、追ひ崩し、数多切り捨て、手前の働き比類なし。
(栗東町史編さん委員会 編『栗東の歴史 第2巻 (近世編)』栗東町、1990年)
(栗東町史編さん委員会 編『栗東の歴史 第2巻 (近世編)』栗東町、1990年)
信長が越前で敗走した、というニュースが近江に届いた瞬間、どこからともなく一揆が湧いて出て、村に火を放ち、守山の町に攻め込んでいる。信長の武将・稲葉伊予がなんとかこれを蹴散らしたようだが、それにしても仕事が速い。
信長の敗報が届いてから一揆発生まで、いったい何日かかったのか。ほぼ即日である。
まだまだ天下取りの途上とはいえ、比類無き勢力になっていた信長に対して、そのへんの無名の土豪や国人たちが「よっしゃ! 信長の首をとって、明日には祭りじゃああ!」と盛り上がって火をつけて攻め込んでくるのだ。こりゃあ、信長も本気で逃げないとヤバかったのがわかる。まあ、ここで「是非もなし」と颯爽と退却する演出をできるのが、天下人たるゆえんではある。
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