NHK「豊臣兄弟!」では、戦国大名・浅井長政が義兄の織田信長を裏切るシーンが描かれた。大河ドラマでは定番のシーンだが、そもそも長政はなぜ信長に反旗を翻したのか。ルポライターの昼間たかしさんが、史実に迫る――。

ついに裏切った「浅井長政」

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、信長(小栗旬)の天下取りの日々と、その過程で次第に出世していく藤吉郎(池松壮亮)と小一郎(仲野太賀)の姿が描かれている。4月12日に放送された第14回「絶体絶命!」では、ついに浅井長政(中島歩)が信長を裏切った‼

記念すべき大河ドラマ史上通算13回目の裏切りである。なお、「太閤記」と「国盗り物語」は現存映像が限られており筆者もチェックしていないので、たぶん描かれている前提で通算している。

この後の展開は、もはや様式美の域である。おおむね定番の展開だと、お市の方が両端を縛った小豆の袋を密かに送り「袋の鼠ですよ」と兄・信長に知らせる。秀吉は「ここで踏ん張れば出世できる」と目の色を変えて殿軍(しんがり)に志願する。信長は九死に一生を得るわけである。

浅井長政夫人像(お市の方)
浅井長政夫人像(お市の方)(写真=高野山持明院蔵/PD-Japan/Wikimedia Commons

ただし、この様式美には1カ所、フィクションが紛れ込んでいる。小豆袋のエピソードは『朝倉家記』に由来するものだが、史学上は創作とみなされている。

では実際の信長はどうだったか。『信長公記』によれば、1570年、越前に侵攻した信長は、4月26日に金ヶ崎城の朝倉景恒を下し、さらに侵攻を進める体制を整えていた。

信長は焦ったに違いない

木目峠打ち越え、国中御乱入なすべきのところ、江北浅井備前、手の反覆の由、追々、其の注進候。然れども、浅井は歴然御縁者たるの上、剰え、江北一円に仰せつけらるるの間、不足あるべからざるの条、虚説たるべしと、おぼしめし候のところ、方々より事実の注進候。是非に及ばざるの由にて、金ヶ崎の城には、木下藤吉郎残しをかせられ……
(『戦国史料叢書 第2』人物往来社、1965年)

つまり信長の心理はこうだ。

「え、浅井が? ありえん。だってオレの美人の妹の婿だぞ。娘たちも三人、みんな可愛くて……あいつが裏切るわけないだろ、そんな流言、誰が信じるんだよ……ん? また報告来た? ……えっ……ほんとに? ……ほんとに裏切った⁇ なんで、ええええ! ぜひにおよばずぅぅぅぅ‼」

いやいや、まあ多くの海千山千の武将たちを率いる信長である。きっと重臣たちの前では、めっちゃ冷静に報告を聞き、すくっと立ち上がって「是非に及ばず」と退却を命じるところまではやったかもしれない。しかし内心はバクバクで頭を抱えていたに違いない。

なにせ、時に戦国時代である。浅井が裏切った途端に「お、これはチャンスだ‼」と動き出す有象無象が、あちこちにいたのだ。『信長公記』では5月6日の出来事を、こう記している。