東急グループの“原点”

藤が丘は、多摩田園都市の中でも早い時期に土地区画整理が行われたエリアである。多摩田園都市とは、東急田園都市線の梶が谷駅〜中央林間駅の間に広がるエリアを指す。

1953(昭和28)年1月に東急は「城西南地区開発趣意書」を発表。その後、1966(昭和41)年4月の東急田園都市線溝の口〜長津田間の開通とほぼ同時に「ペアシティ計画」が掲げられた。

ペアシティ計画とは、「多摩田園都市一帯にナシの実を模してプラザやビレッジ、クロスポイントなどの拠点をつくり、その周辺に緑、交通、ショッピングなどのネットワークを張りめぐらそうという構想である」。(『多摩田園都市 歴史描画』)