「危険な国=攻撃すべき的」ではない
その反復を理解する道具として役に立つのが、この見方である。戦争を「正しいか」より先に「割に合うか」で測る。理念や怒りより、核心利益、抑止、同盟、出口、そして他戦域へのしわ寄せを先に点検する。
相手は本当に国を壊してまで倒す敵なのか。爆撃の先に誰が統治するのか。味方の要求をどこまで肩代わりするのか。大義は出口戦略の代用品になるのか。限定攻撃は本当に限定で終わるのか。他の戦域で何を失うのか。この見方の強みは、その冷たい質問で戦争の熱狂を冷ますことにある。
アメリカが犯した第一の失敗は、危険な敵と、米国が地域秩序ごと壊してでも対処すべき敵を混同することだ。
ベトナムでは東南アジアの複雑な民族主義と内戦が、ワシントンの目には世界規模の封じ込め戦争に見えた。1983年のレバノンでは、治安安定化のために入った海兵隊が、いつの間にか内戦の当事者に見なされるようになった。1992年のソマリアでは、飢餓救援は国家再建へと滑っていった。どれも厄介な相手だった。だが、厄介であることと、全面介入に値することは同じではない。
イランも危険だ。だが、危険だという事実だけで、政権転換や地域秩序の再設計に乗り出す根拠にはならない。しかも2003年のイラク戦争で、米国はイランを抑える地域均衡を自ら崩した。大事なのは、敵の邪悪さより先に、「その一撃は均衡を良くするのか、悪くするのか」を問うことだ。そこから逆算してみると、アメリカの戦争はしばしば出発点でつまずいている。
ミサイル攻撃だけで国家は倒せない
第二の失敗は、軍事的成功と政治的成功の混同だ。
ミサイルは司令部を壊せる。滑走路も核施設も吹き飛ばせる。だが、翌朝の警察署、税務署、地方行政、治安の正統性は投下できない。2003年のイラクでは、政権打倒までは早かったのに、その後に来たのは安定ではなく占領と内戦だった。2011年のリビアも、政権は倒せたが国家は立て直せなかった。
2001年のアフガニスタンでも同じだった。タリバン政権を崩したあとに「では誰が統治するのか」に答えきれず、20年後には元の敵が戻ってきた。問題は爆撃そのものではない。爆撃で秩序まで作れると思い込むことだ。国家は、空爆の副産物としては生まれない。
イランでも、核施設や軍事拠点を壊すことと、その後の地域秩序を良くすることは別問題である。極論かもしれないが、ミサイルを使った核攻撃をしたとしても、政治的な成功をおさめられるとは限らないのだ。
