良かれと思って行動した可能性もある
次に、担当者個人の倫理観やリスク基準の視点から見てみよう。今回の出向先情報の取得事案は、単に「個人の倫理観が低かった」と片づけても十分には説明できない。担当者に必ずしも悪意があったとは限らず、むしろ自社と出向先の双方に貢献したいという意識のもとで、良かれと思って行動した可能性もある。
たしかに、目の前にある情報が個人顧客の病歴などであれば、それが極めて機微な情報であることは直感的にも分かりやすいが、出向先で取り扱う他社生保の契約情報や販売動向などは、個人の機微情報と比べると、社外秘であっても倫理的な問題として認識されにくいことがある。
さらに、出向先や出向元からの評価を高めるための提案や情報共有のために行うという、本人にとっては業務貢献の意図がある場合、結果的に「どこまでが許され、どこからが問題なのか」という境界線が曖昧になり、本人に悪意がなくても判断が歪んでしまう。
行動倫理学では、このように、本人に倫理的であろうとする意識があっても、置かれた状況や認識の偏りによって非倫理的な判断をしてしまう現象を「限定倫理性(Bounded Ethicality)」と呼ぶ。
本人がそもそも倫理的問題だと気づいていない場合や、成果プレッシャーが強く、心理的安全性が低い場合には、倫理的な感覚は徐々に鈍ってしまう。
その意味で、組織不正の多くは、個人的な詐取や横領のような明確な悪意だけで起きるのではない。むしろ、悪意のない問題行為として発生するからこそ、本人も組織も気づかず厄介なのである。
組織の指示関与より重要視されるべき論点
大手生命保険会社のニュースリリースを見るといずれも「組織的関与は無かった」「組織としては指示していない」と述べられている。さらには経営陣の減俸といった措置もとられている。
しかし、不祥事防止という観点から見れば「組織としては指示していない」では許されない。
なぜならば、生命保険という、個人のリスクや病歴などの極めて機微な個人情報を扱っている業態である以上、経営陣は「業務上こういう問題が起き得る」として、戦略策定や意思決定の段階で、業務上のリスクは想定可能であり、あらかじめ対処しておくべきだからだ。特に、ガバナンスの3ラインディフェンスの1.5線や2線の強化や相談のしやすさ、さらに心理的安全性の重要性は、昨日今日で言われ始めたことではない。
同時に出向者の行為を非難するだけでも解決しない。責任の所在が曖昧な環境下において、現場は「会社のため」という思い込み(大義名分)から、結果的に不適切行為に走ってしまう。出向者が資料持ち出しを「倫理的に問題である行為だ」と気づき、行動を改める機会がなかったのか、という点で個人の倫理観を養うとともに、個人の倫理観が発揮されるよう支える組織的な取り組みや心理的安全性があったのかという点まで問われる。

