町全体を覆う「ファミリー化」
代官山アドレス周辺を歩きながら、周囲を見渡してみた。施設の近くにはタワーマンションが複数そびえ立ち、公園ではファミリーが思い思いに時間を過ごしている。子ども連れの多さは施設内だけの話ではなく、街全体に及んでいる。
代官山はもはや「買い物をしに行く街」ではなく、「住んで、そこで完結する街」へと変わりつつあるのではないか。
その仮説を裏付けるのが、人口データだ。行政区分「代官山町」のデータを確認すると、総人口は2007年まで微減傾向にあったが、2008年から2025年にかけて一貫して増加し続けている。前編で紹介した通り、この時期に代官山駅周辺の地価は約2倍に跳ね上がった。地価高騰の背景には「住む場所」としての人気上昇があることは間違いない。
データから読み解く「代官山の変化」
データが示す人口回復の裏側には、偶然ではない3つの段階がある。
①2000年代後半〜2013年:「ファッションの街」としてのピーク
この時期、世帯数は微増するものの、子ども人口の比率は減少傾向にあった。2000年の代官山アドレス竣工により、居住地としての基盤は整い始めていたが、街を訪れるのも、住むのも、依然として来街者が中心だった。
「CouCou(クゥクゥ)」や「pupi et mimi(プピエミミ)」といった雑貨店が話題を集めたのもこの時期だ。代官山が「ファッションの街」としての来街者による消費で回っていた最後の黄金期だったと言えるだろう。
②2013年〜2018年:住民層の静かな入れ替わり
転機は2013年、東急東横線と東京メトロ副都心線の相互直通運転開始だ。来街者にとって代官山は「各停しか止まらない通過駅」へと変わった一方、住民にとっては「新宿・池袋・横浜へ直結する利便性の高い駅」へと生まれ変わった。同じ出来事が、来街者と住民で逆の意味を持った。
この利便性の向上と呼応するように、「ザ・パークハウス代官山」(2013年)、「THE CONOE代官山」(2016年)、「代官山ザ・ハウス」(2018年)など、高級マンションが相次いで竣工した。共働き世帯やパワーカップルが定住する動機と受け皿が、この時期に一気に揃った。
その一方で、雑貨ブランド「SWIMMER(スイマー)」の代官山本店は2014年に、その姉妹店「chocoholic(チョコホリック)」の代官山本店、「CouCou(クゥクゥ)」と「pupi et mimi(プピエミミ)」の代官山店は2016年に閉店している。パワーカップルが流入した時期と、「代官山らしい店」が姿を消した時期は、完全に一致する。

