権力が弱い最高指導者の「後ろ盾」

初代最高指導者ホメイニー師には、高位のシーア派法学者モンタゼリーという有力な後継候補がいた。しかし、モンタゼリーは死去直前のホメイニー師を批判したことで失脚。その結果、本命不在のなかで政治的な均衡の産物として浮上したのがハーメネイ師だった。

1989年に最高指導者に就任した当初、ハーメネイ師の権力基盤は微弱だった。そこでハーメネイ師は、革命防衛隊に目をつけた。

イランの現体制は、欧米との癒着で腐敗した王制を打倒してシーア派法学者による統治体制を国内外に広げることを建国理念に掲げている。革命防衛隊はその実行部隊として、イラク、レバノン、シリア、さらにガザのハマス支援に関与してきた。

ハーメネイ師は、革命防衛隊に本来の使命を超える政治・経済的地位の見返りを与えることで、自身の後ろ盾となるよう取り込んでいった。特に1990年代後半、イラン国内で言論の自由や西側との関係を見直す改革派が台頭し体制を揺るがし始めると、ハーメネイ師は革命防衛隊や保守強硬派への依存を強め、両者の相互依存関係は決定的なものとなった。

革命防衛隊は道路、ダム、石油・ガス施設など、イランの主要インフラ事業を独占し、巨大建設・エンジニアリング企業を設立。また、ダミー会社を設立して、制裁逃れの石油販売に着手し、公共事業・エネルギー・港湾などの巨大案件を握ってきた。

モジタバ師と革命防衛隊のただならぬ関係

ロイター通信の報道によると、革命防衛隊の建設部門「ハタム・アルアンビヤ」は、少なくとも800社超の関連企業を抱え、イラン国内のみでなく、イラクやシリア、中央アジア諸国、ベネズエラへと事業を拡大する巨大経済帝国となった。

国連安全保障理事会の報告書では、イラン中部・フォルドゥにあるウラン濃縮施設の建設にも関与しているという。革命防衛隊の対外活動はまさに組織の商業ネットワークと利権構造を守る機能も果たしているのだ。

退役後は政治家に転向する者も現れ、閣僚、国会議員、地方行政官に革命防衛隊出身者が増えていった。こうして革命防衛隊は軍事組織のみでなく、政財界に欠かせない存在へと成長した。

この強固なネットワークを背景に、政権の黒幕として浮上したのがハーメネイ師の次男、モジタバ師だった。

2005年の大統領選で、モジタバ師は保守強硬派と革命防衛隊のネットワークを裏で動かして強力に支援したとされる。当時の改革派候補メフディー・カルービーは、「モジタバが選挙結果に介入した」と実名を挙げて公然と批判するほどであった。ちなみに、この時当選したマフムード・アフマディネジャドは2013年まで大統領を務めた。

2009年の大統領選後に発生した大規模抗議デモでも、モジタバ師は革命防衛隊との連絡役を担い、抗議活動の鎮圧を直接調整したと見られている。

モジタバ・ハーメネイ師。テヘランでの米イスラエル共同攻撃で父アリ・ハーメネイ師が殺害された後、イランの新最高指導者に任命された
写真=SalamPix/ABACA/共同通信イメージズ
モジタバ・ハーメネイ師。テヘランでの米イスラエル共同攻撃で父アリ・ハーメネイ師が殺害された後、イランの新最高指導者に任命された=2026年3月8日、イラン