後継者の皇子と妊娠中の妻を殺した

この絵が描いているのは、その直後だ。

息子を抱きかかえる皇帝の表情を、もう一度見てほしい。大きく見開かれた目。浮き出た血管。逆立つ髪。

それは「犯人を捜す父」の顔ではない。自分が何をしてしまったのか、ようやく理解した男の顔だ。

取り返しがつかない。どんなに権力があっても、どれほど後悔しても、息子の命は戻らない。絶対的な権力を持つ皇帝が、その瞬間、完全に無力な1人の老人になっている。

息子イヴァンはこの傷が原因で亡くなった。そして、暴行を受けたエレーナは流産。これにより有力な後継者を失ったロシアは混乱に陥り、やがて王朝は断絶することになる。一瞬の怒りが、国の運命まで変えてしまったのだ。

怒りに任せて振り下ろした一撃は、取り返しがつかない。そして、最も深く傷つくのは、結局、自分自身なのだ。

この絵は、そのことを永遠に語り続けている。

 どんなに権力があっても、どんなに後悔しても、亡くなった命が戻ることはない。

18世紀ロシアの血塗られた歴史

豪華なドレスを着た女性が、必死でベッドの上に立っている。足元をネズミが走り回る。まるで悪夢のような光景だ。

コンスタンチン・フラヴィツキー『皇女タラカーノヴァ』(
コンスタンチン・フラヴィツキー『皇女タラカーノヴァ』(1864年)(画像=トレチャコフ美術館所蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

しかし、よく見るとさらに恐ろしいことに気づく。

部屋全体が水没しているのだ。

ベッドの脚はすでに水に浸かり、奥の窓は破れて濁流が流れ込んでいる。水位は刻一刻と上昇し、彼女に残された時間はわずかしかない。

なぜ彼女は逃げられなかったのか。それはここが牢獄だからである。

では、ドレスを着た女性……そして、皇女ともあろう人物がこんな汚い牢獄で溺死しようとしているのはなぜか?

答えは、18世紀ロシアの血塗られた権力闘争にあった。