※本稿は、井上響『ムンクは何を叫んでいるのか?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
500年前にダ・ヴィンチが描いた
「世界で一番美しい女性の絵画を挙げてください」
そう聞かれたら、多くの人が『モナ・リザ』と答えるのではないだろうか。
そして、その答えを否定する人はほとんどいないだろう。
では、なぜ『モナ・リザ』は世界で一番美しいのか。
そう聞かれたら、あなたは即答できるだろうか。
「顔が美しいから」
そう答える人が多いかもしれない。確かに、彼女の顔は穏やかで、どこか神秘的な微笑みを浮かべている。しかし、本当にそれだけだろうか。
なぜなら美の基準は時代によって変わる。
10年前に流行していたファッションを思い浮かべてほしい。当時は最先端だったものが、今見ると古臭く感じることがあるだろう。
美の感覚とは、それほど移ろいやすいものなのだ。
そうであるにもかかわらず、『モナ・リザ』は500年以上の時が経っても、美の到達点として語られている。
それは顔立ちが美しいからではない。衣装が豪華だからでもない。
『モナ・リザ』には輪郭線がない
答えは、技法にある。
『モナ・リザ』の輪郭をよく見てほしい。
頬から顎にかけてのライン。
どこにも明確な線が引かれていないことに気づくだろうか。
境界線がぼんやりとぼかされ、肌と背景が柔らかく溶け合っている。
これは「スフマート」と呼ばれる技法だ。ダ・ヴィンチが生み出したとされる、革命的な手法である。
ダ・ヴィンチ以前、画家たちは輪郭線を描くのが当たり前だった。対象の形をはっきりと線で縁取り、そこに色を塗る。それが絵画の常識だった。
ダ・ヴィンチはその常識を壊した。
輪郭線を描かず、色と色の境界を何層にもわたってぼかしていく。気の遠くなるような作業を繰り返すことで、まるで本物の人間の肌のような、柔らかな質感を生み出した。
絵なのに、そこに血が通っているように見える。それがスフマートの力だ。
そして、ダ・ヴィンチの作品の中でも、このスフマートが最も見事に使われているのが『モナ・リザ』なのである。
顔が美しいから名画なのではない。それまでの美術史に存在しなかった、まったく新しい美しさを生み出したから名画なのだ。
『モナ・リザ』が世界で一番美しいと言われる理由。それは、美の歴史を塗り替えた1枚だからである。

