東京・アーティゾン美術館で開催中のモネ展は連日盛況。なぜモネの絵は日本人に愛されるのか。美術史ソムリエの井上響さんは「西洋絵画は宗教画から発展してきたが、モネの人気には日本特有の歴史的な理由がある」という――。
※本稿は、井上響『ムンクは何を叫んでいるのか?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
モネがどん底の時に描かれた絵
雲が優しく広がる青空の下、緑豊かな丘から、日傘をさす女性と少年がこちらを見つめている。光の煌めきが2人を包み込み、まるで幸福そのものを描いたような作品だ。
これは印象派の巨匠クロード・モネによる作品である。
青と白と緑を中心に構成された本作は、「私は鳥が歌うように、絵を描きたい」という言葉を残したモネらしい作品だ。
大気の揺らぎ、微風の感覚、そして緑の匂いが見事に描き出されている。
日傘の女性は、モネの最初の妻カミーユ。
隣にいるのは長男のジャン。
つまりこれは、モネ自身の家族を描いた作品なのだ。
一見、家族の愛があふれている絵に見えるが、この幸せな光景の裏側には、凄絶な物語があった。
現在でこそ最も人気のある画家の1人となったモネだが、カミーユと共にいた若い頃はまったく違った。
当時の批評家は彼の作品をこう罵倒した。
「何と自由に、何と気軽に描かれていることでしょう! まだ描きかけの壁紙でもこの海景画よりはもっと仕上がっていますよ!」
(引用『印象派の歴史 下』ジョン・リウォルド著・三浦篤、坂上桂子訳、KADOKAWA)
認められず、橋から身を投げた
画家として成功するには官展(サロン)で認められることが必須だった時代。しかしモネの革新的な作品は理解されず、ほとんど売れなかった。
日々の食事にも困る極貧生活。その苦しさのあまり、モネは一度、橋から身を投げたことさえあった。



