最初の妻との結婚を許されず…

もし最初から成功していたら、後の『睡蓮』も生まれなかっただろう。

カミーユとの結婚も苦難の連続だった。

モネの親は彼女を認めず、結婚を許さなかった。

長男ジャンが生まれても、親に隠してこっそりと暮らす日々。正式に結婚できたのは、ずっと後のことだった。

それらのことを知った上で、この絵を改めて見ると、深い感動を覚えないだろうか。

誰も知らない秘密。それは、この光あふれる幸福な家族の絵が、実は人生のどん底で描かれたということ。しかし、どんなに暗い人生の時でも、モネが見ていたのは暖かな光と澄み渡った空気だった。貧困も、世間の無理解も、彼の目に映る家族の美しさを曇らせることはなかったのだ。

なぜ「睡蓮」は日本で愛される?

モネ展があると聞けば、日本中から人が押し寄せる。印象派の展覧会は、いつも大盛況だ。

しかし、考えてみれば不思議ではないだろうか。フランスで生まれた100年以上前の絵画が、なぜ日本でこれほど愛されるのか? と。

実は、この人気には日本特有の「歴史的な理由」があった。

時は明治時代。日本が西洋文化を本格的に取り入れ始めた頃、最初に輸入された「油絵」は、ダ・ヴィンチやラファエロのような古典絵画ではなかった。

驚くべきことに、印象派の影響を受けた「外光派」と呼ばれる、明るく軽やかな絵画だったのだ。

なぜか? 黒田清輝をはじめ、政府がフランスに派遣した画家たちが学んできたのが、たまたまこの「外光派」だったからだ。

彼らが帰国後、東京美術学校(現・東京藝術大学美術学部)で教鞭を執った結果、日本の洋画は印象派的な画風からスタートした。

つまり、日本人にとって「西洋絵画」といえば、最初から印象派だった。この「刷り込み」は、明治から現代まで続いている。

クロード・モネ『睡蓮』
『睡蓮』(1917~1919年頃)作者:クロード・モネ(画像=ホノルル美術館/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons