15万5000人のアメリカ兵が駐留する国の首都で、副大統領が身を隠して移動せざるを得ない。イラン指導者との待遇の差も含め、大きな皮肉として語られている。開戦前、アメリカ軍はイラク国民から「菓子と花」で迎えられる、つまり解放者として歓迎されるだろうとチェイニー氏自身が予言していた。現実は雲泥の差だ。
米シンクタンクのブルッキングス研究所はこの落差について、フセイン独裁政権を武力で打倒することを選んだブッシュ政権の、負の「遺産」を象徴するものだと論じている。
「イランがこの紛争の唯一の勝者」
この帰結を裏づける研究がある。米軍高級将校の教育機関、米陸軍戦争大学が2019年に公刊した全2巻に及ぶ包括的研究だ。
米非営利調査報道メディアのインターセプトが取り上げたこの研究は、「拡張主義的なイランが勢いに乗った。イランこそがこの紛争の唯一の勝者と見られる」と結論づけた。
同研究はイラク戦争を、「アメリカ史上最も重大な結果をもたらした紛争のひとつ」と位置づけ、攻撃を受けていない国に先に武力を行使しないというアメリカの長年の政治的慣行が破壊されたと指摘する。
戦後、アメリカ国内には外国への介入に対する根深い懐疑心が広がり、海外への武力行使に強い批判の風が巻き起こった。
海峡封鎖の誤算
そして2026年2月28日。アメリカはついに、自ら強大にした宿敵イランに引導を渡そうと、再び砲火を向けた。
米軍は空母打撃群2個を中核とする艦隊と、多数の最新鋭航空機を投入。イスラエル空軍と連携し、テヘランをはじめイラン各都市の軍事施設・政府関連施設に全面攻撃を加えた。
米シンクタンクのアラブ・センターは、この攻撃で最高指導者アリー・ハメネイ師が死亡し、聖職者体制の高位メンバー複数名も排除されたと報じている。トランプ大統領は攻撃の目的をテヘランの「レジームチェンジ(政権交代)」と明言し、中東の勢力図を塗り替える意図を鮮明にした。
アメリカの公算では、指導者を排除されたイランは怖じ気づくとの見立てだったのだろう。だが、イランは即座に報復した。
イスラエルおよび湾岸協力会議(GCC)加盟6カ国(サウジアラビア、UAE、クウェート、カタール、バーレーン、オマーン)にある米軍施設すべてに対し、ミサイルと武装ドローンを一斉に発射。湾岸地域の港湾や空港など民間インフラにも攻撃を加えた。
世界の石油供給量の約2割が通過するホルムズ海峡は事実上封鎖され、その衝撃は中東だけでなく世界経済に波及し始めている。
なかでも深刻な影響が懸念されるのが日本だ。原油輸入の約9割を中東に依存し、その大部分がホルムズ海峡を経由する。封鎖が長期化すれば、日本のエネルギー供給は危機的状況に陥りかねない。
「戦略上の穴」と化した新生イラク
指導者を抹殺されてなお、ひるまないイラン。なぜアメリカの宿敵は、ここまで強大になったのか。
その原点は、2003年にさかのぼる。ブッシュ政権はイラクに自由主義的な世俗民主主義、すなわち宗教権力と分離した市民投票による政治体制を打ち立てようとした。その波及効果により、イランの聖職者による支配体制を崩壊に追い込めると確信していた。
