食糧や武器をどう確保し運ぶか

実際に戦争を動かす大きな力のひとつは「ロジスティクス」、兵站へいたんです。兵站とは、兵士に必要な食糧や武器、物資をどう確保し、どう運ぶかというしくみのことです。これがなければ、どんなに優れた戦術を立てても戦争は続けられません。

信長は、戦争と商業・流通を連動して考えました。当時の日本では、領主ごとに関所を設けて通行税を取るのが普通でした。これは自国の収入源にはなりますが、物資の流れを滞らせるデメリットもあります。信長は美濃(現在の岐阜県)を本拠とした時期から一部の関所をなくし、いわゆる楽市楽座を進めました。商人たちに自由な商売を保証します。すると市場が活性化する。結果、兵糧や武器の調達もスムーズになります。

信長が楽市楽座を広めたワケ

また、城下町を兵站拠点として整備してもいます。岐阜城下をはじめ、安土城下などでも市場の発展を促す施策を打っています。都市づくりであると同時に、兵力を維持する物資を安定確保する「物流拠点」づくりでもあったと言えるかもしれません。