全米放送で流れた「犬猫デマ」

トランプは2024年9月10日の大統領候補同士のテレビ討論会で、オハイオ州スプリングフィールドのハイチ移民が「近隣住民のペットの犬や猫を誘拐して食べている」と発言した。「オー・マイ・ゴッド」。聞いた瞬間、私は叫び声を上げた。ちょうどオハイオ州の州都コロンバスで、親友の親戚と一緒に討論会を見ていた。

耳を疑った。移民への差別や憎悪犯罪を煽りかねない危険な発言だ。討論会を主催したABCテレビの司会者は間髪入れずに否定した。「スプリングフィールド市は、ペットが傷つけられたり、虐待されたり、といった信頼できる通報はない、と言ってます」

それができた理由は、前日にファクトチェックしていたからだろう。討論会前日にバンスが「この国にいるべきではない人々がペットを誘拐して食べているという報告がある」とXに投稿した。メディアはすぐに現地当局に取材し、そんな事実はない、と指摘していた。

実は、バンスの事務所スタッフもファクトチェックしていた。市役所に「噂は本当か?」と問い合わせ、「根拠なし」の回答を得ていた。にもかかわらず、トランプは全米に生中継されているテレビ討論会でこの偽情報を蒸し返したのだ。

犬と猫
写真=iStock.com/alessandro_pinto
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デマを妄信するトランプ支持者たち

テレビ討論会の翌日、スプリングフィールドに車を飛ばした。ハイチ人支援センターとハイチ料理店に飛び込んだ。

ハイチ人はひどいショックを受けていた。「ハイチに犬や猫を食べる習慣はない」「アメリカ人はなぜそんなひどい嘘を拡散するのか?」。当然だ。しかし、驚いたことに、多くの白人住民が「トランプは正しい」と主張した。

クリスタル・シューメーカー(36)もその一人。「トランプの発言は100%正しい」と言い切った。友人から猫が皮を剝がされて食べられている、と聞いたからだ。

「うちには7匹の猫がいる。2日前に1匹がいなくなり、心配した夫が探しに行った。ハイチ人にはうちの猫には手を出すな、と言っている」

その猫は数日後に見つかった。

中心街の市役所に行くと、閉鎖されている。爆破予告があったのだ。集まった報道記者の注意を引こうと、クラクションを鳴らす車がいた。近づくと、若い白人女性が「私は証拠を持っている」と言う。

彼女が車の窓から突き出したスマートフォンの画面を覗き込む。鳥の死骸を手にぶら下げて歩く黒人男性が映っている。「ハイチ人が公園にいるガチョウやアヒルを無料の食事だと思っている」との書き込みとともに拡散された偽情報の一つで、州都コロンバスで自動車にはねられた鳥を片づける様子を撮影したもの、と判明している。

自信満々に「従兄弟が撮影した」という女性の顔を、私はまじまじと見つめた。人種差別的な偽情報の拡散に加担している、とはつゆほども思っていない、正しいことをしていると信じ切っている顔を……。