かけがえのない人間関係は非効率から生まれる
他者と関係性を作るうえでは、理不尽や非効率、不平や不満こそが、関係性を形作る重要な要素になる。お互いの自由だけでは、濃厚な関係性は築けない。あえて不自由や理不尽、非効率を避けずに向き合っていくことで、より濃密な関係性を得ることができるのではないだろうか。
例えば「子どもを育てる」という営みは、理不尽と非効率の極みのようなものだが、それを一緒に協力して乗り越えた夫婦には、強い絆が生まれる。どちらか一方だけが育児を負担させられた場合、下手をすると相手から一生恨まれかねない。介護や育児に関する制度の多くは、家族の支援があることを前提に設計されており、それが「家族の負担が大きすぎる」という批判の対象にもなっている。
現行の制度の不備を黙認するつもりも、家族による丸抱えを美化するつもりも全くないが、そもそも家族とは、その存在自体が負担であり、リスクであり、コストセンターである。そしてそれゆえに、入れ替え不可能な関係性が育まれる場所になっている、と見ることもできる。
不自由さがもたらすアイデンティティ
不自由や理不尽も、他者とのかけがえのない関係性を構築するうえで、必要不可欠な材料である。自由や快楽だけでは、長期的な関係性は構築できないし、孤立を回避することもできない。
不自由や理不尽から逃げようとすればするほど、人は孤立する。だとすれば、それらを敵ではなく味方として捉え、日々の生活や人間関係の中にあえて取り入れていく、というスタンスが求められるだろう。
まとめよう。私たち中年男性が「モテる/モテない」の呪縛から解放され、性的孤立と社会的孤立を回避したうえで、自分らしく生きるための方法とは、「自分を一番自由にしてくれる不自由を探すこと」である。この記事の内容が、あなたにとって「自分を一番自由にしてくれる不自由」を見つけ出すきっかけになれば幸いである。



