自分で「選べるもの」は脆い

美容整形が一般的になり、お金をかければいくらでも見た目を美しくできるようになると、「見た目が悪い」ということは、運が悪いことではなく「努力していない」ことの現れになる。

身の回りの多くのものが自己決定で選べるようになってきているのは、一見すると、否定しようのない良いことのように思える。一方で、自分で決めたこと、自分で選んだものは、実は心の支えにはなりづらいのではないだろうか。

私自身、歳を重ねるにつれて、自分の意思で選べなかったもの、所与の前提として与えられていたものこそが、自分自身を形作る重要なパーツになり、心の支えにもなっていた、と感じることが増えている。家族や生まれた場所など、自分の意思で選べなかったものこそが、自らのアイデンティティになる。