“街に生きる魂”に希望を見出した

つまり、八雲の血の半分は、「中央に従わない」文化を受け継いでいた。この血が、中央に媚びない熊本の若者たちの野性に、激しく反応したのだ。

松江で妻セツと結ばれ、熊本で長男・一雄が生まれた八雲は、今度は自分が家族を守る立場になった。熊本の若者たちが持つ「質素な善良な単純な者を愛して、生活の奢侈贅沢を憎む心」。そこに八雲は、オスマン帝国下で質素な暮らしの中、家族と共同体の絆だけは守り抜いたギリシャ人の精神を重ねていたのではないか。

独立精神と家族への愛。この二つが矛盾なく同居する熊本の魂に、八雲は母の血が教えていたものを見出した。街は嫌いでも、そこに生きる魂には希望を見出す。これが、八雲の熊本体験だった。

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