「あんこ離れ」で売り上げは下降線

お亀堂は、1950年に、森会長とブラックサンダーあん巻きの製造責任者である石川行人専務の曽祖父・石川和男氏が甘味茶屋として創業。以来、大福やおはぎなど和菓子一筋に製造販売してきた。しかし「あんこよりもクリーム」という消費者ニーズの変化や、お土産、冠婚葬祭の需要減少、コンビニスイーツの充実に伴い、売り上げは下降線。ブラックサンダーあん巻きを発売した2017年当時は、売り上げが最盛期の4分の3まで落ち込んでいた。

店舗に並ぶあん巻き
撮影=山田智子
店舗に並ぶあん巻き

和菓子店はどんどん廃業していた

「『ゆでがえる』状態というか。お湯の温度は確実に上がっているのに、『まだ、大丈夫』『まだ、大丈夫』とごまかして、気がついた時には危機的な状態に陥っていました」と4代目社長の森貴比古さんは振り返る。

お亀堂の4代目 森貴比古社長
撮影=山田智子
お亀堂の4代目 森貴比古社長

貴比古社長は大学院で海藻の研究をし、卒業後は食品会社で3年間勤務。「豊橋が好きだから、いつか地元に戻りたい」と考えていた。2013年、「会社の状況を全く知らず、意気揚々と帰ってきた」が、家業は経営危機に瀕していた。苦しんでいたのは実家だけではない。子どもの頃に比べ、豊橋市の和菓子店は、3分の1ほどになっていた。

「このままでは、いずれ立ち行かなくなる」

貴比古社長は学生時代の研究で培ったデータ分析力を活かし、会社の数字を評価し、選択と集中に着手。不採算店舗を閉め、看板商品であるあん巻きを売ることに注力することにした。「あん巻き太郎」というキャラクターを作り、これまで手付かずだったSNSでの情報発信を強化。和菓子の品評会にも積極的に参加していく。

ところで、「あん巻き」とはどのようなお菓子なのか? 名前から想像できるかもしれないが、練った小麦粉を薄く焼いた、どらやきのような生地で、餡を巻いた和菓子。東海道五十三次の三十九番目の宿場町として知られる愛知県知立市の名物で、江戸時代から東海道を往来する旅人の人気を集めていたそうだ。愛知県内では定番のお茶請けで、駅構内やサービスエリアで販売されている。