三陸では「汁貝」と呼ばれる驚異のうまみ

「ムール貝は東北地方、とくに三陸では食文化になっているよ。冬から春にかけての旬に大小のムール貝が出回る。ダシがよく出るから、シルケ(汁貝)と呼ばれることもあるね。基本的にムール貝は北の文化、イガイは西の文化と覚えておけばいい」

美味しい食材としてのムール貝の魅力を教えてくれるのは、元水産庁職員で、鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」でアドバイザーを務める上田勝彦さん。地域住民が主体となって2024年春に開業したマルカマは、「魚を通して産地と消費地をつなぐ」ことを掲げ、鹿児島県阿久根市や地元の神奈川県の港などから多様な天然の魚介類を仕入れている。今まで扱ってきたのは250種以上。この日は岩手県大船渡市から運ばれてきたムール貝を新春おすすめ品として売っていた。

サカナヤマルカマを運営する「鎌倉さかなの協同販売所」代表の田島幸子さん。主婦目線での食べ方アドバイスもしてくれます
筆者撮影
サカナヤマルカマを運営する「鎌倉さかなの協同販売所」代表の田島幸子さん。主婦目線での食べ方アドバイスもしてくれます

なお、ムール貝は貝毒を持っていることがあり、あたると下痢やまひの原因になる。貝毒の成分は熱に強く、加熱しても毒性は弱くならないので、海で採取したものを食べないように注意したい。鮮魚店などの店頭に並んでいるものは貝毒検査を経ているので安心だ。

カツオと昆布の間を埋める「貝の四番打者」

ムール貝は貝類の中でも上級の、はっきりした味のダシが出る。他の食材と合わせて「ダシの相乗効果」を得るうえで最良の貝だ、と上田さんは語る。プロ野球に例えるなら、助っ人外国人選手の四番打者だ。

「ダシには2つの軸がある。縦軸は海と陸。横軸は動物と植物だ。例えば、カツオ昆布ダシで考えてみよう。カツオは海の動物、昆布は海の植物という関係で相性が良い。ここに貝のダシを合わせる場合、まず貝類も海の動物なので昆布と相性が良い。そして同じ動物同士でも、カツオは海中をよく動き回る体、貝類はゆっくり動き回る体を持ち、それぞれのダシの主成分が違うので、お互いに補い合うわけだ。縦と横の軸のどこに位置付けられるかで効果が変わってくる」

接客中の上田さん。あらゆる魚介類の魅力と食べ方を教えてくれます
筆者撮影
接客中の上田さん。あらゆる魚介類の魅力と食べ方を教えてくれます

上田さんによれば、他のものと合わせることでそのダシの役割がよくわかり、好みの味に仕上げやすくなる。それが「ダシの合わせ」なのだ。一般的にも、昆布のグルタミン酸と貝のコハク酸、カツオのイノシン酸が合わされるとうまみは数倍から十数倍に跳ね上がると言われている。

もちろん、陸の食材である肉や野菜と合わせてもいい。鶏ガラや豚骨と魚のダシを合わせるダブルスープのラーメンが流行っているが、肉類と魚介類を一緒に煮込むパエリアやブイヤベースは昔からある。今さら騒ぐほどのことではない。

「沖縄料理は昆布と魚介類、豚を合わせるトリプルスープを当たり前のように作っているよ。沖縄の海では昆布が採れないのに消費量は昔から多い。日明貿易の名残りだね」

豊かな知識を披露してくれる上田さんだが、おすすめ料理は意外にも甘口カレー。ムール貝のダシはカレー味にも負けず、その風味を引き立てるのだ。

「煮込む野菜はじゃがいもぐらいでいい。仕上げに細切りのピーマンを加えて、コショウを振ること。ムール貝の濃厚なダシとピーマンはすごく合うよ」

近隣住民や魚好きが集うサカナヤマルカマ。珍しい魚介類が丸ごと並ぶので子どもたちは夢中になります
筆者撮影
近隣住民や魚好きが集うサカナヤマルカマ。珍しい魚介類が丸ごと並ぶので子どもたちは夢中になります