拙くても相手に感謝された小さな成功体験を

逆に、アメリカ人が「面白いね(That’s interesting.)」と言うときは、必ずしも文面通り「面白い」という称賛ではなく、「ちょっと疑問がある」というニュアンスを含むこともある。こうした「言葉の裏にある文脈」を体で理解するには、知識に加えて会話の場数を踏むしかない。

とくに難しい文脈では、相手の心を動かすのに単純な単語の羅列では足りない。ニュアンスを伝えるには、状況や相手に即した言葉遣いが必要だ。交渉や会議で本当に意味のある発言をするには、「その場にふさわしい一言」を選び取る力が欠かせない。

そしてこの力は、単に語彙を増やすだけでは身につかず、実際のやりとりを重ねるなかで少しずつ培われていく。だからこそ習得には時間がかかるのだ。

加えて、心理的なハードルを越えるにも時間が必要だ。間違えることへの恥ずかしさや、自分の英語が通じないのではないかという不安は、一朝一夕には消えない。失敗しても伝わった、拙くても相手に感謝された――そうした小さな成功体験を積み重ねることでしか、自信は生まれないのだ。

こうした理由から、英語習得は「短期間の詰め込み」ではどうにもならない。数週間の付け焼き刃でできるのは、せいぜい挨拶や決まり文句を覚える程度だ。本当にビジネスで使える英語を身につけるには、数カ月、数年単位の積み上げが必要である。

だからこそ、急に必要になったときに始めても間にあわない。むしろ、切迫感がないうちから少しずつ準備を始めた人だけが、いざというときに堂々と、その場に適した英語を使えるのだ。

ティッピングポイントを越えた日

英語習得には時間がかかる。だからこそ、焦らずに続けることが大切だ。

私自身、30代前半で国際人材育成の会社に入り、営業職としてキャリアを始めた。

やがて社内で海外事業部に移ることになり、アメリカでの日本人向けビジネススキルスクールの立て直しや、海外のトップスクールとのパートナーシップ交渉など、高度な英語力を求められる場に突然放り込まれた。

日常会話ならなんとかこなせたが、交渉や戦略議論ではまったく太刀打ちできなかった。

限られた時間とお金のなかで、私は学び方を徹底的に工夫した。通勤時間や一人で過ごす時間をすべて英語に費やし、NHKの英語講座をカセットテープに録音して、毎日4時間は携帯音楽プレーヤーで聞き続けた。何台か壊したが、かかったコストといえばその程度だ。

ヘッドフォンをつけた男性
写真=iStock.com/Jacob Wackerhausen
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学習者に知ってほしい言葉がある。「ティッピングポイント」だ。白い液体に赤い液体を一滴ずつ落としても、しばらくは白のまま。しかし、ある瞬間に急に色が薄いピンクに変わる。その変化点がティッピングポイントである。

英語も同じだ。努力しても進歩が見えない時期が長く続くが、ある瞬間に突如として大きく前進する。

私にもその瞬間が訪れた。海外ビジネススクールのディレクターが来日し、同僚たちとミーティングを開いたときのことだ。

彼らは皆、留学経験やMBAを持ち、私よりも英語がはるかにうまかった。しかしその日に限って、信じられないほど洗練された英語が自分の口から飛び出した。驚いたのは私自身であり、周囲も同じだったはずだ。

愚直に続ければ必ずティッピングポイントが訪れる。その瞬間を信じて学び続けることが、なによりも大切なのだ。