「入った分だけ使う」金銭感覚

そして注目すべきは、ここでも八雲の論法だ。セツが「そんなに沢山要りません」と止めている。ところが八雲は「ただ1円10銭」と単価の安さを持ち出す。一着あたりは安い、だから沢山買っても問題ない。現代のネット通販で「まとめ買いで送料無料」に引っかかる人と発想が同じである。

小泉八雲
小泉八雲(写真=19世紀の写真家、不明/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

さらに「あなた着て下され、ただ見るさえもよきです」と追い打ちをかける。あなたのために買う、着なくてもいい、眺めるだけでいい。絵画の時とまったく同じだ。俺があなたに着させて「うんうん」と満足したいという心情が隠せてない。

このほかにも、中学校では成績のよい生徒に自腹で英語の本をプレゼントしていた記録もある。多くの著書を書くために資料収集や取材旅行を重ね、その費用もかさむ。でも、それだけではない。そもそも八雲は、金があれば使う、使い道がなくても使い道を作る……そういう人だったのだ。

考えてみれば、八雲はアメリカ時代、食うや食わずの貧乏生活を長く送っていた。そこにいきなり月俸100円である。舞い上がるなというほうが無理だろう。独身時代に身についた「入った分だけ使う」という金銭感覚が、収入が増えてもそのまま変わらなかったのだ。セツが「俗才は持ちませんでした」と穏やかに笑っていられたのも、このあたりの事情をわかっていたからかもしれない。

「月俸200円」を魅力に感じたか

いずれにしても、こんな調子で散財を続けながら、セツの家族の面倒まで見るという男気を見せるのだから、金はいくらあっても足りない。そこに舞い込んだのが月俸200円の話だ。そりゃあ「なに、月に200円?? 行きます! いや、行かせてください」となるのも当然である。

八雲のこの無軌道ぶりは、裏を返せば途方もない楽天性でもある。対するセツは、金がないことのつらさが骨身に沁みる人生を送ってきた。だからこそ、金に執着しない八雲の姿は眩しかったのだろう。この夫婦が最後まで円満だったのも、うなずける。

ただ、そんな八雲だから、死去した時には自宅のほかに遺産はほとんど残っていなかった。まったく「カネがないところに、金が来るとこうなる」がしっくりくる人生である。まあ、それで夫婦がうまくやっていけたのだから、八雲は幸せだった。

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