米国で「レイオフ」は日常茶飯事
井上さんがレイオフされる前年、別の会社で働いていた妻もレイオフを経験した。幸いなことに、その通知の1週間前に夫婦で渡米10年目にしてグリーンカードを取得したばかりだった。
グリーンカードがあれば、雇用に依存せず無制限でアメリカに滞在できる。職業も自由に選べる。H-1Bなどの就労ビザで働く外国人にとって、レイオフは深刻だ。ビザは雇用に紐づいているため、解雇されると60日間の猶予期間内に次の雇用先を見つけるか、帰国しなければならない。たとえ再雇用が見つかっても、ビザの移行が完了するまで就労が許されないから、アルバイトで食いつなぐこともできない。井上さんの就労許可は、妻のビザで配偶者として与えられたものなので、もしグリーンカード取得前に妻がレイオフされていたら、帰国を迫られた可能性がある。
「まるで映画みたいな綱渡りのタイミングでした」と井上さんは振り返る。
アメリカのレイオフは、正確には日本でいう「クビ」とは異なる。Fire(懲戒解雇)が個人の問題を理由とするのに対して、Layoffは業績不振や事業再編といったビジネス上の理由による整理解雇。At-will(自由意志雇用)が原則のアメリカでは、企業側も従業員側も、いつでも理由なく雇用関係を終了できる。
「アメリカでは、レイオフは日常茶飯事なんです」
Zoomでの通告は青天の霹靂だったとはいえ、予兆はたしかにあった。数カ月前から、役職者の異動や離職が相次いでいた。井上さん自身も、開発現場から外されて先進技術調査を担当する1人部署になっていた。
「自分が重要な役割を担うフェーズが終わったのだと思います」
年収1500万円でも「最低ライン」
井上さんが2024年5月にレイオフされたHOMMA(ホンマ)は、シリコンバレーでスマートホームを開発するスタートアップ。壁一面のタッチパネルや音声操作の必要なく、住む人の動きをセンサーで検知しながら、自然に生活をサポートする住宅を目指していた。
最大の強みは、スマートホームを超効率的に施工するシステムやツール、各種デザインや施工フローをワンストップで提供するサービスだった。マンション全体で数百戸におよぶ施工でも、建築スケジュールにほとんど影響を与えずに完了できる。実際に複数棟の約60室を施工して賃貸運用すると、賃料が周辺相場から20%プラスであっても入居希望者は殺到した。
井上さんの事業貢献度は高く、「最終的な年収はストックオプション に加えて170Kから180Kだった」と話す。17万ドルから18万ドルは、当時の為替レートで2800万円から3000万円。日本の感覚ではかなりの高給取りに見える。だが、シリコンバレーでは少々事情が異なるらしい。
「ベイエリアではジュニア・エンジニアの最低ラインが120Kといわれます。ポートランドあたりでは100Kぐらい。ただし実際には、ベイエリアで120Kを出しても、まともなエンジニアは集まらないですね」
