高専から「腕一本」でシリコンバレーへ
井上さんは2008年に津山高専専攻科からミクシィ(現・MIXI)に就職した。初めてシリコンバレーで働いたのはミクシィ在籍中のこと。叩き上げのエンジニアであり、シリコンバレーで活躍する日本人には珍しいタイプだ。
「シリコンバレーで会う日本人のほとんどは東大、京大などの出身者か、大手日系企業の駐在員。僕が知る限り、腕だけで食ってきたITエンジニアの夫婦はうちぐらい。超レアキャラです」
HOMMAにファウンディングエンジニアとして参画したときは、まだ事業計画も技術プロダクトもない状態だった。コンセプトやビジネスモデルを手探りで設計し、プログラムを書き、回路を設計し、エンジニアを採用してチームを育てた。ソフトウェアだけでなく、建築の施工プロセスにテクノロジーをどう組み込むかという現場仕事も手がけた。
「僕が建築現場という物理的な領域に入れるのは高専出身のおかげです。ヘルメットを被ったり工具を使ったりすることに慣れてるから。構想段階から現場作業まで自分で手がけ、6年かけてプロダクト全体を育てた。僕にとって子どもみたいなものです」
井上さんの強みは、何もないところから課題を設定して解決できる点。ITエンジニアとして〈0→1〉部分が得意な一方で、現場仕事も含めて〈1→100〉も自ら推進できる。スタートアップでは頼りにされる存在だ。
渡米してから初めての「休息」期間
しかし事業が軌道に乗ると、社内状況が少しずつ変化した。スタッフが増えて組織が大きくなる。分業が進む。井上さんの強みが発揮できる分野は減ってきた。最終的には開発現場から外され、全社的な先進技術調査を担当する1人部署になった。やがてその役割も不要とされてしまう。
レイオフの一件は、SNSなどで発信する気になれなかった。自信を失い、自尊心は傷ついた。ストックオプションを買い取ったことで貯金も激減。「生きることに少し疲れてしまった」というのが正直な気持ちだった。
しかしグリーンカードを取得したから、日本への帰国を迫られることはない。選択肢は山ほどあり、じっくり次のステップを考えることができた。ひとまず選んだのは、人生初の「働かないアメリカ生活」。走りつづけた15年間を経て、初めて得られた休息だった。
井上さんのライフワークにワインづくりがある。カリフォルニア・ワインに魅せられ、2019年10月に妻や友人たち4人で「SUNSET CELLARS」という小さなワイナリーを買い取り、共同オーナーになった。年間生産数は500ケースと少ないものの、手間暇をかけた手作りによる豊かな果実味が特徴のクラフト・ワイナリーだ。

