「秘伝のタレ」をデータ化する
【田中】リコーさんは2020年に「OA機器メーカーからデジタルサービスの会社への変革」を経営方針に掲げました。具体的にはどのような事業を展開されているのでしょうか。
【山下】一言でいえば、データの力でお客様の現場を支える事業です。現場では、品質や生産性のポイントが勘や経験、つまり暗黙知に依存しています。決め手なのにレシピに書かれていない。いわば「秘伝のタレ」です。しかしAIなどを使えば、形式知へと変換できます。
【田中】どのように暗黙知を吸い上げるのですか?
【山下】そこがリコーの強みです。複合機、プリンター、産業用カメラ……など当社のデバイスはすでにお客様の現場に入っているので、日々のデータを収集できます。
【田中】デバイスのデータからデジタル空間に現場を再現し、AIを用いて最適化する。ソフトウェアだけの企業にはできない仕組みです。
【山下】例えば、熟練工がどういう手順、どういう力加減で作業しているかは、センサーで数値化してデータベースに蓄積する。AIに学習させれば、再現可能な技能・ノウハウになる。私たちは、現場に眠っている秘伝のタレをデータの形で抽出し、AIで分析してお客様にお返しするわけです。
【田中】社内の働きがい改革で実践して、お客様への価値提供につなげたのですか。
【山下】機械にできることを増やし、人間はより価値が高い仕事に専念する。リコーDNAの現代版です。
100年経っても変わらない「創業の精神」
【田中】AIに任せる仕事が増えるほど、人間の役割が明確になりますね。
【山下】リコーの原点は、創業者・市村清が1946年に掲げた「人を愛し、国を愛し、勤めを愛す」という三愛精神です。国を愛するという部分は、現在は地球を愛すと読み替えています。私が好きなのは「人を愛する」からはじまり、人をすり減らす仕事を前提にしていない点です。
また、2036年の創業100周年に向けて掲げた企業ビジョンには「“はたらく”に歓びを」があります。これは今では“使命と目指す姿”としています。「歓び」というのは単なる楽しさや幸せではありません。創造的な仕事を通じた充足感、達成感、自己実現です。ルーティン作業はAIに任せ、人間は創造力を発揮すれば「歓び」につながると思います。
【田中】創業の精神は、100年経っても変わらない。
【山下】技術やプロセスは進化しても、三愛精神の実践とお客様に寄り添う姿勢は変わりません。
実は先週、孫が生まれました。ネイティブアメリカンの言葉に「地球は先祖から受け継いだものではなく、未来の子どもたちから借りているもの」というものがあります。いま生まれた子は100歳まで生きる可能性が高い。孫の顔を見たら、100年後の世界が空想ではなく現実になります。
【田中】経営者は常に100年先と現在を比較して進むべき方向をチェックする必要がありますね。
【山下】未来の人たちに責任を果たすうえでも、しなやかで力強い経営が必要だと考えています。


